【2021/06/21】

 売り手は巧妙に「客」を引き寄せ、違法薬物が市中に広がる。一方で、さまざまな生きづらさなどから薬物に手を出し、依存症に苦しむ人がいる。生活面重点企画「依存症を考える」第4部では薬物依存の当事者や支援者らの実情を伝える。

 良質なアイスクリームがある-。スマートフォンのアプリでやりとりした相手は、そんな言葉で「商品」を紹介した。甘く冷たいデザートではない。覚醒剤のことだ。

 オンラインで個人が交流できるSNSでは、こうした違法薬物の隠語があふれる。ツイッターには「良いやつ入荷しました」といった売り文句と隠語が並び、手渡しや郵送で売るとの書き込みが後を絶たない。

 生活面重点企画「依存症を考える」の取材班は薬物依存の取材で、薬物を扱う人物への接触を試みた。新潟県など全国に発送するというツイッターの投稿を見つけ、指示に従って別のアプリでやりとりを始めた。見た目はLINE(ライン)のようだが、メッセージを一定時間で消去できる機能があり、「消えるSNS」と呼ばれるアプリだ。証拠を残さないように、利用されているとみられる。

 相手の名前は英語だったが、こちらの場所を日本語で尋ねてきた。答えると「新潟県へのお届けは1時間です」と返信が来た。近くに「エージェント」がいて「車で1~3時間程度」で済むという。郵送ではなく「エージェント」が覚醒剤を届ける算段なのか。

 さらに相手は「商品」の値段と共に、アイスクリームには決して見えない、怪しげな結晶の画像を送ってきた。

◆「稼げる商売」若者ら標的

 スマートフォンには、覚醒剤を思わせる白い結晶が写っていた。生活面重点企画「依存症を考える」の取材班が会員制交流サイト(SNS)で接触した相手が、こちらに送信してきた画像だ。

 結晶は複数の袋に小分けされていた。金額を聞くと「1・5…25000円」「4・8…75000yen」などと提示された。1・5グラムで2万5千円ということだろうか。

 言葉遣いから相手は外国人の可能性がある。スマホの操作だけで、正体の知れない“密売人”とやりとりができてしまう実態が浮かんだ。

▽高校生も

 県警によると、昨年の県内の薬物事件摘発者数は114人。うち大麻が最多の68人、覚醒剤が41人だった。大麻では30歳未満が8割を超えている。

 SNSでの取引は、そうした若年層を中心に広がっているとみられる。昨年夏には県警と大阪府警が、ツイッターで客を募っていた大麻密売組織を摘発。県内の高校生ら多数の若者が注文していたという。

 SNSの悪用は覚醒剤も同様だ。ツイッターなどを通じて買った経験がある県内の男性は「レターパックで送られてきた。簡単だった」と振り返る。ただ最終的に取引が発覚し、逮捕された。これを機に「もう薬物はやめる」と話す。

▽家で使用

 一方、売り手はどんな狙いで薬物を扱っているのか。過去に他県で覚醒剤を密売していた県内在住の元暴力団関係者は、月に1千万円超を売り上げたこともある。「こんなに稼げる商売はないと思った」

 客は会社員や主婦などさまざま。未成年は相手にしなかったが、それも「捕まった時に心証が悪くなる」から。保身しか考えていなかった。

 今は暴力団や密売から足を洗ったものの、近況は伝え聞く。新型コロナウイルス禍による外出の減少を受けて「家で覚醒剤を使う客が多くなり、使用量も増えているようだ」。人気のフードデリバリーのように、薬物を配達する密売人も現れているという。

▽金のため

 取材班がSNSでやりとりした相手は、その後も「オンラインで多くのお客様にご利用いただいています」などと、妙に丁寧なPRを続けた。新潟日報という新聞社で薬物依存の取材をしている記者だと明かしても「道具類も必要ですか」と持ち掛けてきた。

 覚醒剤の販売は違法だと伝えると「あまり時間がありません。今、他のお客様が配送を待っています」と答えを避けた。薬物依存の人を増やす行為ではないかと取材班が問いただすと、やりとりは途絶えた。

 先の元暴力団関係者は、問いへの答えをこう代弁する。「依存症とか客のことを考えていたら売人なんてできない。売人は金のためなら何でもする」