新潟県の遺族を代表し、献花する八木清宣さん(左)=15日、東京都千代田区の日本武道館
新潟県の遺族を代表し、献花する八木清宣さん(左)=15日、東京都千代田区の日本武道館

 終戦から76年を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれた。総人口の8割超が戦後生まれとなる中、遺族ら参列者は亡き人を悼み、遠のく惨禍の記憶の継承を誓った。新型コロナウイルス禍のため2年連続で規模を縮小し、今年は緊急事態宣言下となり22府県の遺族が欠席。参列者総数は過去最少の185人だった。

 新潟県からは見附市の八木清宣さん(78)が参加し、献花した。八木さんの父徳次郎さんは1945年3月、インドネシア・ジャワ島沖で戦死した。清宣さんは「間違っても戦争はしてほしくない。それが遺族の願いだ」と訴えた。

 徳次郎さんは44年8月、海軍の舞鶴海兵団に入団。45年3月に海軍の輸送船でインドネシア・マカッサルに向かう途中、米軍の魚雷を受けて船が沈没し、亡くなった。34歳だった。

 幼かった清宣さんに、父の記憶は全くない。戦後、同じ地域で戦死した人の家族と合同で父の葬儀を行ったが、「訳も分からず、泣きながら位牌(いはい)を持っていたのをうっすらと覚えている」と話す。

 清宣さんは、国のために家族を残して異国の海で散った父を思い、25歳ころから遺族会の活動に参加し続けている。「遺族会の活動をすることが亡き父への親孝行であり、遺児の責務だ」と静かに語った。