地方分権の流れに逆行することにならないか。乱用される懸念も拭い切れない。そもそも本当に必要な法改正なのかどうか。国会で十分に議論してもらいたい。
自治体に対する国の指示権を拡充する地方自治法改正案の審議が衆院で始まった。
大規模災害や感染症危機などの非常事態であれば、災害対策基本法や感染症法など個別の法律に規定がなくても、国民の生命保護に必要な対策の実施を国が自治体に指示できるようにする内容だ。
現状の指示権は必要最小限で、個別法に規定があれば発動が可能となっているが、これが規定がなくてもできるようになり、国の権限が強まることになる。
改正案は政府の地方制度調査会の答申を踏まえてまとめられた。指示権拡充が必要な理由として政府が挙げるのは、新型コロナウイルス禍での行政の混乱だ。
クルーズ船の集団感染では、都道府県境を越えた患者の移送調整が難航した。企業や店舗への休業要請などを巡っては、政府と自治体の意見がたびたび対立した。
指示権を拡充すれば、こうしたケースでも国の責任で対応でき、国民の安全を守ることができるというのが政府の主張だ。
理解できないことはないが、国の判断が常に正しいとは限らず、国の誤った指示で国民の安全が損なわれる可能性はある。
現場に近い市町村や都道府県の方が国より多くの情報、知見を持っていることはよくあることだ。
日弁連は「限定的な情報しか持たない国の判断に従うよう義務付けるのは誤っている」と指摘し、改正反対を訴えている。
米軍普天間飛行場の移設を巡り、政府が昨年9月、工事の設計変更を承認しなかった沖縄県に対し、承認するよう指示したことは記憶に新しい。地元の民意に反する指示が乱発されるようになる懸念は拭えない。
改正案は指示権発動には閣議決定が必要としたが、それが歯止めになるとは到底思えない。
何より問題なのは、指示権拡充が地方分権の流れを後退させかねないことだ。
2000年の地方分権一括法で「対等」と改められた国と自治体の関係を、かつての「主従」の関係に戻すようなものともいえる。
全国知事会は「国と自治体の対等関係が損なわれる」として、安易に指示権を発動できない仕組みを求めた。
これを受け政府は、事前に資料や意見の提出を求めるとの規定を盛ったが、努力義務にとどまっており、実効性には疑問が残る。
そもそも地方自治法を改正しなくとも、必要な法律ごとに指示権の規定を設けることで対応はできるはずだ。
改めて地方分権の意義に思いを巡らせる必要がある。