長時間労働を改めてきた取り組みを、拙速に逆行させてはならない。国は、命と健康を最優先に労働政策を整えるべきだ。
高市早苗首相は、上野賢一郎厚生労働相に労働時間規制の緩和を検討するよう求めた。
「心身の健康維持と従業者の選択」が前提だとしているが、過労死などへの反省の下、国が進めてきた働き方改革とは一線を画すものといえる。
高市氏は自民党総裁に選出された直後のあいさつで「馬車馬のように働いてもらう」「ワークライフバランスという言葉を捨てる」とも宣言している。過労死遺族から不安や失望の声が上がるのは当然だろう。
長時間勤務やパワハラに苦しみ、2015年に24歳で自ら命を絶った広告大手電通の新入社員高橋まつりさんの母幸美さんは、高市氏の指示について「命を守らないような、逆行するようなことは本当にやめて」と訴えた。
政府はこうした声に真摯(しんし)に耳を傾けなければならない。
労働時間を巡っては、18年に成立した働き方改革関連法に、時間外労働(残業)の罰則付き上限規制が盛り込まれた。
一般業種は、年720時間以内、休日労働を含む複数月平均で80時間以内などとしている。
長時間労働が常態化している医師や、トラック、バスなどの運転手にも昨年、年960時間以下などとする上限を導入して、規制はようやく全業種に広がった。
だが、7月の参院選では、自民党が「個人の意欲と能力を最大限生かせる社会を実現するため『働きたい改革』を推進し、人手不足の解消に努める」と公約するなど、複数の党が緩和をうたった。
現行の上限規制でも、月80時間とされる過労死ラインと同水準だ。政府は、安易な変更は労働者の安全を脅かしかねないことに十分留意する必要がある。
緩和への反発は既に出ている。経団連が26年春闘の経営側指針の原案から「働きたい改革」の看板を撤回したのも、反発のためだ。
経団連は当初、社員の強い勤労意欲に応えるとして働きたい改革を打ち出す方針だったが、高市氏への批判を受け変更した。
連合も10月31日に東京都内で抗議の緊急アピールを出した。
過労死等防止対策白書によると、24年度の精神障害による労災認定件数は1055件と10年度の3倍以上に増えた。このうち88件は自殺と自殺未遂だった。脳・心臓疾患の認定も、死亡67件を含む241件に上る。
労働の過酷さに今も多くの人が苦しんでいる実態を、政府や経営側は軽視してはならない。
従業員の健康は企業経営の基盤となる。政府は労使と協議を深め、健全な労働環境を整える後押しをしてもらいたい。










