生活保護は、国民に健康で文化的な最低限度の生活を保障する最後の砦(とりで)である。その基準が政治に左右されてはならない。

 なぜ専門家に聞かず基準を引き下げたのか。国は経緯を明らかにし、減額分の支給を急ぐべきだ。

 2013~15年に生活保護の基準を引き下げたのは違法だとして、受給者が国と自治体に減額処分の取り消しなどを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁は違法と認め、処分を取り消した。国の賠償責任は否定した。

 生活保護の基準引き下げを最高裁が違法としたのは初めてだ。同種訴訟は全国で計31件起こされ、地・高裁で判断が分かれていた。今回の判決で、今後は同様の結論になるとみられ、影響は大きい。

 判決では、厚生労働省が引き下げの根拠とした物価下落を反映する「デフレ調整」に関し、「裁量の範囲の逸脱、乱用があった」と指摘した。

 厚労省は13~15年に、生活保護のうち食費などの「生活扶助」の基準を最大10%引き下げ、計約670億円削減した。デフレ調整分は約580億円に当たる。この際、専門部会の審議を経なかった。

 国はこれまで、「基準の改定には、厚労相に極めて広範な裁量権がある」と判断の過程に誤りがないと主張してきたが、判決は「合理性を基礎付ける専門的知見があるとは認められない」とし、生活保護法に違反すると断じた。

 不合理な基準変更は、困窮する人たちをさらに追い詰めかねない。判決が、専門性の高い審議が必要だとしたのは当然だ。

 引き下げの決定には、政治への忖度(そんたく)があったとされてきた。

 生活保護制度に不満が広がっていた12年12月の衆院選で、当時野党だった自民党が「10%引き下げ」を公約に掲げ、政権復帰した。国は翌年8月に引き下げた。

 これに反発し、受給者が「いのちのとりで裁判」として29都道府県で訴訟を起こした。

 その地裁・高裁判決では「自民党の政策の影響を受けていた可能性を否定できない」などの言及があった。識者も「政治主導で、社会保障全体が削減ありきで進められた」と指摘する。

 病気や失業などさまざまな理由から、生活保護を命綱とする人たちがいる。その基準を政治が恣意(しい)的に変えることは許されない。

 判決後、原告側は厚労省に謝罪や減額分の支給を要請した。継続協議の場の設置なども求めた。

 原告団によると、引き下げから長期間がたち、一時は千人を超えた原告のうち230人以上が亡くなったという。国は原告への謝罪と協議を急ぎ、早期の全面解決を図る責任がある。

 国はいま一度、憲法25条がうたう生存権を見つめ直すべきである。困窮者に寄り添うのが政治であり、行政であるはずだ。