新潟県五泉市出身の鶴巻和哉監督

 2025年上半期、大きな話題となり、社会現象と呼ばれるほどの熱狂を巻き起こしたアニメが放送されました。『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(以下、ジークアクス)です。『エヴァンゲリオン』シリーズで知られる庵野秀明さんの「カラー」がサンライズと共同で手がけたガンダムシリーズの最新作。その制作を指揮した監督が、新潟県五泉市出身の鶴巻和哉さん(59)です。放送を終えた鶴巻監督が新潟日報社の単独インタビューに応じてくれました。『ジークアクス』『エヴァンゲリオン』シリーズと新潟とのまさかのつながりや、アニメ制作にかける思いなどを1時間にわたってお聞きしました。(聞き手・デジタル報道センター 安達傑)

つるまき・かずや  1966年、新潟県五泉市生まれ。株式会社カラー取締役。スタジオジャイアンツでアニメーターとしてデビュー後、ガイナックスに移籍。『ふしぎの海のナディア』に原画として参加する。TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』では副監督としてデザインや設定にも関わった。監督作に『フリクリ』『トップをねらえ2!』『龍の歯医者』など。2021年公開の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』をはじめとする『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズでは監督を務め、画コンテやデザインワークスでも活躍した。

◆「もしもジオンが勝っていたら」

ジークアクスのキービジュアル ©創通・サンライズ

――カラーが今回、「ガンダム」を手がけることになった経緯を教えてください。

【鶴巻監督】
 ガンダムは今までサンライズ、バンダイナムコ(フィルムワークス)でずっと作られてきたもので、あまり外(のスタジオ)で映像作品として作ったことはなかったですね。(※短編などを除くテレビシリーズ・劇場版としては初めて)

 カラーの主プロデューサーの杉谷君(杉谷勇樹さん)にサンライズ側から「カラーでガンダムをやらないか」みたいな話があったようです。杉谷君は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でも苦労してくれたポジションだったので、彼に報いたいという思いで引き受けました。

主役機のジークアクス。覚醒時に開く「口」があり、エヴァを連想させるデザインだった ©創通・サンライズ

――「ジオン公国が一年戦争に勝っていたら」という、まさかのIFストーリーでした。

 ガンダムシリーズを、なぜわざわざ外部のカラーにオファーしたのかなと考えると、自分たちが作りにくいような作品を作ってほしいのかなと思いまして、ちょっと冒険した企画を出してみました。

 僕がガンダムに接してきた時代、1980年代後半から1990年ごろは割とガンダムに対して緩い時代だったというか、もっとコメディ寄りのガンダムとかもあったんです。『Gの影忍』という忍者のガンダムとか、僕はそういうのを見て育ってきていたので、せっかくサンライズ以外で作るのなら、そういうものを作っても面白いんじゃないかなと思って企画しました。

◆「庵野がノリノリに」

ガンダムを奪取したシャア・アズナブル ©創通・サンライズ

――脚本は『エヴァンゲリオン』シリーズも手がけてきた榎戸洋司さんと庵野秀明さんが担当されました。

【鶴巻監督】
 元々の企画では、シャアは歴史上の人物みたいな、坂本龍馬みたいな感じで登場するくらいで考えていました。セリフも少なく、現代から坂本龍馬を見ているような感覚で、一年戦争の史実に描かれていない部分も大河ドラマっぽい感じで描写すればいいのかなと。それが、がっつりドラマがあって、シャアのキャラクターまでしっかり描くみたいなことになると「結構荷が重いよな」と思っていたんです。

 ただ、元の歴史が変わってしまった、世界が変わってしまったという設定に庵野がノリノリになって、めっちゃ面白がってくれた。「あくまで今回のメインは(一年戦争の)戦後だから」という話をしていたんですが、ストーリーの流れの中で、まずどういう出来事があってわれわれが知らない宇宙世紀になっているのかは描く必要があったので、やりたがっていた庵野に一年戦争パートの脚本をお願いする形になりました。

――まさかの展開が話題を呼び、SNSのトレンドも席巻しました。

 やっぱりガンダムの裾野は広いなと感じました。45年間も作品が作り続けられているということもありますし。60歳ぐらいになっているファンもいるわけです。一方で、最近作られた『機動戦士ガンダム 水星の魔女』でファンになった人や、『機動戦士ガンダム00』(ダブルオー)『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(ジ・オリジン)など、ここ10年ぐらいでガンダムファンになっている人もいますよね。

 一年戦争の歴史が変わってしまった世界を描こう、描いても大丈夫だろうと思ったきっかけは「みんな知っているんだよな」と思ったことなんです。「シャアやアムロのこと、みんな知ってるでしょう?」と思っていて、普通にテレビのバラエティ番組で、芸人さんがアムロのモノマネをしたり、シャアの名ゼリフを言ったりしても、映像やテロップなど何の注釈も入らないわけです。当然のように展開していく。それこそ、坂本龍馬のような歴史上の偉人みたいな形です。それなら仮想戦記のようなこともできるのかなと思いました。

◆「BEYOND THE TIME」…ノリ気じゃなかった?

――最終話直前の11話のクライマックスでBGMに『BEYOND THE TIME(ビヨンド・ザ・タイム)』が流れたのは監督のアイデアですか?

【鶴巻監督】
 『BEYOND THE TIME』は杉谷君が「どうしてもかけて」と言ったことなんです。僕はむしろ抵抗してたんですよ。僕ももちろん大好きな曲ですが「それは逆シャア(『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』)でしょう」と。ν(ニュー)ガンダムが登場するならまだ分かるんだけど、初代ガンダムが出てくるんだから「ちょっと違うんじゃないのかな」って話をしてました。

 でも、歌詞をあらためて聞いたら、確かにこれはハマるなと感じました。むしろ今回っぽいと思ったんです。結果的にうまくいったという感じですね。

◆キシリア推し…「45年分のそしゃく」

――ジークアクスではシャリア・ブルやキシリア・ザビといった『機動戦士ガンダム』(1979~80年放送)で脇役だったキャラクターが深掘りされました。

【鶴巻監督】
 ガンダムを45年間もそしゃくし続けてきたおじさんたちが作っているのが、そういうところに現れているんだろうと思います。一朝一夕ではできないし、今から調べてネタを拾ってきますみたいなことでは、この企画はできないんですよ。

 45年前から「こうならいいのに」とか「こういうセリフを言ってほしい」とか、「こういうことをしてほしかった」とか「こういうモビルスーツがいたらいいのに」とかを、ずっと考えていた人たちだからこそ作れたと思います。

 僕はキシリアが好きだったからキシリアを推しているけど、ギレンが好きな人もたくさんいるじゃないですか。だったら、ギレンが好きな人がちゃんとギレンのいいところを描いてあげればいいのかなと思いますね。

――キシリア推しの理由は?

 テレビ放送では怖いおばちゃんみたいな感じですが、劇場版(1981、82年公開の3部作)ではキシリアは丁寧に描かれ、結果的にちょっと怖いけど、美人のお姉さんっぽい感じです。

 後々作られたOVA(オリジナルビデオアニメ)などでは、キシリアの下には面白い部下がたくさんいることになっています。人望のある人だったのではないかと思うと、そういう部分を描いてもいいのかなと、単におっかないお姉さんじゃなくて、人望があるような人として描けば面白いのではと思いました。

◆廃線になった蒲原鉄道が生んだ名シーン

――主人公のマチュが暮らすコロニーの地下鉄路線図に「オオカンバラ」「ジンガミネ」というかつての蒲原鉄道の駅名があったんですが…

ジークアクスの第1話に出てきた地下鉄路線図。よく見ると「オオカンバラ」などの駅がある ©創通・サンライズ

【鶴巻監督】
 母方の実家が旧村松町(現五泉市)だったので、しょっちゅう五泉駅から村松駅まで蒲原鉄道に乗っていました。ただ、村松駅から先はほとんど行ったことがないんですよ。なので「大蒲原」とかは、実際には降りたことがない駅なんですけど(笑) 

保存されている蒲原鉄道の車両(モハ61)=加茂市の冬鳥越スキーガーデン

 エヴァのテレビシリーズの第16話で(主人公の)シンジがメンタルの世界で電車に乗っている場面があります。あれは僕が担当した話数なんです。

 僕がそのとき庵野に提案したイメージの源は蒲原鉄道なんです。田んぼの真ん中を一直線に走っているとき、電車の中に西日がすごい入るんですよ。ある日たまたま、客車の中に僕しかいなかった。

TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』第16話から ©カラー/Project Eva.
保存されている旧蒲原鉄道の車両(モハ61)の車内=加茂市の冬鳥越スキーガーデン

 オレンジ色に包まれた誰もいない電車の中で、なんか不思議な感じがしました。ちょっと夢の中みたいな印象で、今でも覚えているんです。そのイメージを使いたいと話したら、庵野も面白がってくれたんです。テレビ版で有名になったあのシーンは、蒲原鉄道の五泉ー村松間を走っていた電車のイメージなんですよね。...

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