固定座席では足りずに通路に特設の椅子が持ち込まれ、さらに立ち見まで出た。新潟市の市民映画館シネ・ウインドは、人いきれにたじろくほどだった。上映中の小森はるか監督作品「春、阿賀の岸辺にて」を見た
▼公開初日、小森さんと並び、映画の主役となった阿賀野市の旗野秀人さん(75)が舞台あいさつに立った。「恥ずかしくて。とてもしらふで来れなかった」と酒気帯びであることを白状した。周囲を楽しませる、いつもの旗野節だったが、この日は感涙も見せた
▼旗野さんは半世紀にわたり、新潟水俣病の患者と共に歩いてきた。公害被害者の支援者としてだけでなく、一緒に喜び合い楽しみ合う同じ地域の生活者として接した。人たらしの陽気さとバイタリティーが人の輪を広げ、多彩で文化的な企画を仕掛けてもきた
▼映画はそんな姿を切り取った。ただ、今見せている顔は一面でしかない。小森さんも、深みを表現する難しさを感じたという。旗野さんは20代から、患者を切り捨てる認定制度への怒りを握りしめ、行政側と闘ってきた
▼相談に乗っていた女性が自ら命を絶ち、何もできなかった無力をかみしめたことがある。隣近所を分断する水俣病への根深い偏見に立ち尽くし、「患者らしさ」を強いる支援の矛盾にも悩んだ
▼とがってあらがい、その先に到達した道化すら演じる老境を、スクリーンは穏やかに映し出していた。小森さんは「完結したとは思っていない」と話した。現在も阿賀の岸辺で撮影を続けている。