60年以上の歴史がある短歌研究賞の今年の受賞作は、俵万智さんの連作「白き父」だった。父親の臨終前後に詠まれた20首からは、悲しみが静かに伝わる
▼父親は電気自動車などに使われる磁石の研究者だったが絵も好きだった。受賞作の一首目は「サルタンバンクの絵はがき間近に見せやれば『ピ、カ、ソ』と動く唇」。サルタンバンクは旅芸人という意味で、ピカソは好んで描いた。ピとカ、カとソの間に読点がある。わずか3文字を続けてしゃべる力すら残っていなかったのだろうか
▼俵さんには「珍しく饒舌(じょうぜつ)になる父がいて『鴨居(かもい)玲(れい)』とはいかなる絵描き」という歌もある。普段は寡黙だったが、その名前を聞いた途端、以前からファンで展覧会でお見かけしたこともあると熱心に語り始めた。いつしか俵さんも魅せられていったという
▼鴨居は小欄で9月に紹介した。酒と旅を愛し、人間の暗い面や弱い面を見詰め、老人、道化師の姿に託した。57歳で亡くなり、今年で40年。本県に縁はないが、新潟市中央区のT&Fギャラリーは鴨居の作品を常時展示している
▼鴨居は「アパートの壁紙になるな」というピカソの言葉を大切にしていた。生前のインタビューで「この頃多いですよね、心地よい壁紙のような絵が…。私は意味ないと思う、あんな絵は」と語っている
▼俵さんの歌が、ピカソと鴨居の間に1本の線を引いてくれた。この人とあの人がつながっていたとは-。そんな発見も活字の世界を歩く楽しみの一つかもしれない。
