ブナは漢字で「橅」と書く。「無」を含む字の通り、昔は用途のない木とされていた。「ぶんなげる木」がその名前の由来との説もあると、東京農工大名誉教授の藤井義晴さんが自著につづる。あまりに雑な扱いに、少々気の毒な思いがする

▼ブナは水分を多く含む。乾燥技術が未発達だった時代には、材木としては狂いが出やすく使いにくかった。戦後はパルプ用に伐採され、その跡地には建築用材として利用価値の高いスギなどが次々と植えられた

▼そんな世の中の動きを拒んだのが、通称「美人林」と呼ばれる十日町市松之山地域のブナ林だ。1960年代半ばに材木商からスギ林への転換を持ちかけられたが、地主の一人が「林を後世に残したい」と保全を決めた

▼林のある下川手(しもがわて)地区では、保全に賛同した集落の有志が約40年前に美人林を守る会を結成した。現在は集落全24世帯が加わり、約3ヘクタールに3千本が立ち並ぶ林の手入れを続ける

▼豊かな自然に恵まれた林の近くには里山科学館「森の学校キョロロ」が建てられた。キョロロの縁で子育て世代が移住し、10年ほど前より集落の平均年齢は若返った。新潟大の学生たちも一年中、フィールドワークに訪れる。観光客は年間10万人に上る

▼歳月を経て、本当の価値が現れるものもあるのだろう。「結果的に、先人は英断をしたんだね」。守る会の前会長、志賀義雄さんの言葉が心に残る。美人林は間もなく深い雪に覆われる。来春にはまた、やわらかな芽吹きが多くの人を迎える。