黄金の稲を揺らしていく風や、障子越しにも白い雪の朝-。幼い頃目にした故郷の情景は、多くの人の胸に刻まれているのではないか。近代建築の大家、前川國男も幼年期に見た風景を鮮明に覚えていたという。生まれ故郷は新潟市の中心部。4歳まで過ごした
▼前川の遺作が、新潟市美術館である。外壁をオリーブグリーン色の約13万枚のタイルが彩る。開館前年の1984年冬に建物が完成した際には、このタイルを見た人から色が暗いとの声が上がった
▼翌春、外構工事や植栽を終えた。雨上がりの陽光がタイルを照らした。「何という深みのある良い色だろう」と、今度は賛辞が多く寄せられた(「新潟市美術館だより」36号)
▼四季移ろう新潟の空の下で育った前川だからこそ、選べた色なのではと想像する。「時間によっても表情が刻々と変わる。夕暮れ時もいいですよ」。学芸員の塚野卓郎さんが教えてくれた
▼美術館は来月、開館40周年を迎える。先だって11カ月に及ぶ大規模改修を終えた。タイルは1枚ずつ目視や打診で確認し、必要なものは交換した。全館の照明をLEDにした。だが「美術館という作品を残すための修繕です」と塚野さん。入り口から展示室をつなぐ、砂丘を再現したスロープなど、開館時からの建物の特徴は健在だ
▼建物に前川は「百年持つ美術館を造ろう」との願いを込めた。願いがかなえば、建物自体が新潟の風景になっているだろう。そのときタイルはどんな表情を見せるか、思い描いてみる。