熊野速玉大社を訪れた中上紀。父、中上健次の四十九日の法要があった日、周囲の木々から父の声が聞こえた気がした=2025年8月、和歌山県新宮市(撮影・林昌三)
 熊野速玉大社を訪れた中上紀。父、中上健次の四十九日の法要があった日、周囲の木々から父の声が聞こえた気がした=2025年8月、和歌山県新宮市(撮影・林昌三)
 木々の間から見える熊野灘の海=2025年8月、和歌山県新宮市(撮影・林昌三)
 中上紀が米国の高校に通っていた時に受け取った父、中上健次からの手紙。「絶対の尊厳の愛の対称(象)の紀様」と書かれている(撮影・林昌三)
 和歌山県那智勝浦町のマンションに来た中上紀。父、中上健次が書斎として使っていた部屋には、若かりし頃の写真が飾ってある=2025年8月(撮影・松竹維)
 和歌山県那智勝浦町のマンションのベランダから景色を眺める中上紀。椅子に座り、たたずむ時間が好きだ=2025年8月(撮影・林昌三)
 中上紀の年表
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 毎年夏休みに入ると、父が運転する車で東京の自宅を出発し、紀伊半島へと向かった。目的地は熊野川の河口域に広がる和歌山県新宮市。作家の中上紀(なかがみ・のり)(54)は子どもの頃、家族と共に、熊野の地で夏を過ごした。

 父の中上健次(なかがみ・けんじ)は紀が小学校に上がる前の1976年、29歳で、戦後生まれとしては初めての芥川賞に輝いた。新宮は健次の故郷。熊野は受賞作「岬」の舞台だ。主人公は「路地」の濃密な人間関係に身を浸し、肉体労働をしながら生きる竹原秋幸。健次は「枯木灘」「地の果て 至上の時」で秋幸のその後を描いた。

 新宮には紀の祖父母が暮らす家があり、2階で両親や妹、弟と寝泊まりした。東京で...

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