遠目には、田んぼに白い袋をぽとん、ぽとんと置いたように見える。落ち穂をついばむハクチョウの群れは、新潟市のこの時季の風物詩だ

▼「冬の使者」とはよくいったもの。飛来の便りとともに、朝晩の冷えが強まっていた先月、県民会館で別のハクチョウを見た。日本でツアー公演をしているウクライナのバレエ団「キーウ・クラシック・バレエ」の「白鳥の湖」だ

▼整然とした群舞があり、ダンサーが圧倒的な技を見せるソロがあった。王子が悪魔を倒し、呪いで白鳥に変えられていたオデット姫を救うエンディングでは大きな拍手が送られた

▼白鳥の湖は1877年のモスクワ初演当時、悲劇の終幕だった。初めてハッピーエンドの演出が登場したのは40年以上たってからだという。ソ連では当時、内戦に苦しんでいた。社会が「善は勝つ」姿を求めていたことが、変化の理由だとバレエ研究家の赤尾雄人(ゆうじん)さんは書く

▼善の勝利を願うのは、今のウクライナの人々も同じだろう。ロシアの一方的な侵攻開始から3年8カ月が過ぎ、停戦は見通せない。国連によると、侵攻から約3年の時点でウクライナの民間人は1万2千人以上が亡くなり、その後も犠牲が増え続けている

▼新潟公演のカーテンコールでは、オデット役が母国の国旗を羽織って現れた。「ウクライナ頑張れ」との声援に幾度もおじぎをした。国を背負い平和を訴える使者のようで痛々しかった。憂いなく舞台に立てる日を少しでも早く。理不尽な侵攻に怒りつつ、願う。