どんなに待っても、そこにバスが止まることはない。認知症の人のためにつくられた「バスの来ないバス停」だからだ。全国の介護施設などで設置が広まる

▼発祥はドイツだという。施設に入居する認知症の高齢者は、不安などから自宅に帰りたがる。バスに乗って帰ろうと、停留所を探して行方不明になることもある。そうした事案を防ぐために生み出された

▼入居者が「家に帰りたい」と言い出したら、職員はバスの来ないバス停へと誘う。ベンチに座りながらおしゃべりして、来るはずもないバスを待つ。そうこうするうちに入居者の気持ちは落ち着く。認知症の人の自尊心を傷つけない「優しいうそ」だ

▼県内にもこんなバス停があるだろうか。本県はバス路線が乏しい地域も多いから、自分で車を運転して帰りたいという人が多いかもしれない

▼超高齢化社会は認知症社会ともいえる。国の2022年度調査では、65歳以上の3人に1人が認知機能にかかわる症状があると推計された。認知症基本法は「共生社会の実現」を掲げる。目指すは認知症になっても住み慣れた地域で暮らし続ける社会。実現には一人一人の理解はもちろんだが、土台となるのは介護人材の担保だろう。しかし、人口減少で人材は不足する

▼ある認知症専門医は「自宅で最期を迎える人は減っていくだろう」と残念そうに語った。認知症の人は住み慣れた場所に帰れないのか。介護施設にも本当にバスが止まり、わが家へ連れて行ってくれる社会を描きたい。