楽しい時間は早く過ぎるが、苦痛な時間は長く感じる。かといって飛ぶように過ぎた1月が、楽しいことばかりだったわけではない。驚いたり、振り回されたり。いつにも増して大きな出来事が続いた1カ月だった
▼年明け早々、米国のベネズエラ攻撃が気分を沈ませた。「私には国際法は必要ない」。そう言うトランプ氏を念頭に、国際会議で格調高く演説したカナダのカーニー首相は救いだった。「弱き者の力は誠実さから始まる」と結集を呼びかけ、強者にもひれ伏さぬ意気を示した
▼中部電力の浜岡原発を巡るデータねつ造は時間を止めた。裏切り、暴挙、おごり…。言葉が足りない。柏崎刈羽原発の再稼働は水を差されたか。もっともこちらは、不具合で延期、起動、停止とバタつく。所長の言葉に尽きる。「県民の不安は痛切に感じている」
▼慌ただしさを倍加させたのは衆院解散総選挙だ。センセイ方はあくせくするが、国会の熟議は吹っ飛んだ。連動して史上最高値を付けた株価は生活実感とリンクしない。暮らしの足元がふわつく
▼宗教2世の問題をあぶり出した元首相銃撃事件は、被告に無期懲役が言い渡された。時に流されず、立ち止まり、命が奪われた重さと判決の重さを静かに考えたい
▼海洋高出身の横綱大の里は、故障を抱えた初場所で精彩を欠いた。快進撃を続けてきたが、親方に「ただ弱いだけ。良いも悪いもない相撲」と突き放されもした。試練の時を越えて、力士としての深みを増した姿をぜひ春場所で。
