
先週末にとうとう新潟市平野部にもまあまあな雪が積もりましたが、今シーズンの新潟市は、「10年に1度レベルの最強寒波襲来」とか「山沿いだけでなく平地でも大雪となる可能性」といった言葉で何度も脅されたわりに、なかなかまとまった雪が降りませんでした。
そんなことが2度、3度続きましたので界隈(かいわい)では「降る降る詐欺」と呼ばれていたほどです。でも、災害に「備えすぎる」ということはありませんから、そういった予報が出た際には、油断せずにいましょう。
ただ、新潟市には積もらなくても、新潟県人であることには変わりはないわけで。
全国放送のテレビのワイドショーでコメンテーターが「急傾斜の屋根であれば雪は落ちますけど、そうでない場合はどうするんでしょう」などと発言すると「屋根に上がって下ろすんだよ!」と悪態をついてみたり、キャスターに「これから豪雪地帯の皆さんが注意すべきことをお伝えします」などと言われると「少なくともあなたよりは知ってるわい!」と口答えしてみたりなんかして。
同時に、新潟市に雪がないことに罪悪感を抱き「上中越の皆さん、私たちばかり楽してごめんなさい。いいかげんドカ雪が一回来ないかな」と、自分でもよく分からない感情が芽生えたりしました。こうして降ったら降ったでたちまち「勘弁してくれよ〜」となりましたが。
それにしても、子供の頃はあんなに降るのを楽しみにして、積もれば積もるほど大喜びだった雪が、大人になるとどうしてうんざりするものになるのでしょう。

一緒に遊ぶものから対峙(たいじ)するものに変わるからでしょうか。大人はやるべきことがたくさんあって、そのやるべきことを遂行するために私たちは生きていて、スムーズに成し遂げることを優先した場合、冬の雪はそれを阻むものですからね。
また、子供の頃は経験が浅いので雪の存在も新鮮でしたが、...

