
佐藤仁・宮城県南三陸町前町長
2011年3月11日の東日本大震災から15年。被災前よりも安全なまちづくりを進めてきた。現実には人口の減少が続き、空き地が目立つ地域もある。よりよい地域を生み出したのか、創造的な復興はできたのか。2人の識者が論じた。
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宮城県南三陸町は何度も津波の被害に遭った。1960年のチリ地震津波では41人が犠牲になり、その後は高さ6メートルの津波を想定した避難訓練や対策をしてきた。東日本大震災の日は約16メートルの大津波が来た。3階建ての防災対策庁舎では、私も含め11人が屋上の鉄柵にしがみつくなどして命を永らえたが、43人が犠牲になった。
鉄骨だけになった庁舎の保存については「遺族と...
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