取材に応じるサッカーJ3福島の村上力己選手=2月、福島市
取材に応じるサッカーJ3福島の村上力己選手=2月、福島市
2011年9月、岩手県陸前高田市の高田小を訪れ、子どもたちと写真に納まるサッカーJ1川崎の選手たち。前列右から4人目が当時の村上力己選手。後列左から2人目が当時川崎のコーチだった寺田周平監督(☆(○の中に小文字のC)KAWASAKI FRONTALE)
継続的な復興支援に取り組む川崎フロンターレが2014年12月13日に訪れたときに撮影された写真。村上選手(右)と小林悠選手(右から2人目)=戸羽幸輝さん提供、陸前高田市
笑顔で写真に納まるサッカーJ3福島の村上力己選手(右)と寺田周平監督=2月、福島市
調整するサッカーJ3福島の村上力己選手=2月、福島市

 2011年3月11日に起きた東日本大震災。岩手県陸前高田市の小学1年生だった少年は15年の時を経て、今年から被災地だった福島県を本拠地とするサッカーチームで、プロ選手として歩み始めた。

 J3福島ユナイテッドFCの村上力己選手(22)。

 津波で大切な人を失った。家も流された。15年の歳月が心に空いた穴を埋めたわけではない。ただ、つらい経験の中に、今はもう一つの思いがある。

 「震災があったことでつながった縁もある。自分の原動力になっている」(共同通信=岡田康幹)

 ▽グラウンドに響いた声、津波から逃れたあの日

 地震発生時は、出身地である岩手県陸前高田市の高田小にいた。「帰りの会」の最中に大きな揺れ...

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