「栃木避難者母の会」の(左から)大山香さん、半谷八重子さん、小峰和子さんと國分功一郎さん=2月、宇都宮市
 「栃木避難者母の会」の(左から)大山香さん、半谷八重子さん、小峰和子さんと國分功一郎さん=2月、宇都宮市
 「栃木避難者母の会」の(左から)大山香さん、半谷八重子さん、小峰和子さんと國分功一郎さん=2月、宇都宮市
 「栃木避難者母の会」の3人と話す國分功一郎さん(右奥)=2月、宇都宮市
 「栃木避難者母の会」の(左から)大山香さん、半谷八重子さん、小峰和子さんと國分功一郎さん=2月、宇都宮市
 「栃木避難者母の会」の女性たちと話す國分功一郎さん=2月、宇都宮市

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から15年。福島県では今なお帰還困難区域が残り、2万3千人以上が各地で避難を続けている。追われるように故郷を離れた避難者たちは、長い年月の先で何を思うのか。原子力問題について考え続けてきた哲学者の國分功一郎さんが、「復興」の名の下でかき消されそうなその声に耳を傾けた。

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 2月下旬、宇都宮市。國分功一郎さんは、福島県浪江町から避難した小峰和子さん(78)が住む現在の自宅を訪ねた。部屋には、原発事故で離れるまで暮らした故郷の家の写真が飾られていた。

 ▽朽ちていく家

 「ちょうど数日前に、家の取り壊しが終わったと連絡が来たんです」

 小峰さんの...

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