インタビューに応じる斎藤博子さん=1月16日、大阪府
インタビューに応じる斎藤博子さん=1月16日、大阪府
北朝鮮への帰還事業の参加者を乗せ新潟港から出航する船
共に北朝鮮に渡った夫と長女
食料危機でやせ細った北朝鮮の子どもたち=1997年、北朝鮮・江原道(国際飢餓対策機構提供)(共同)
脱北後に長男と次男から送られてきた手紙を読む斎藤博子さん=1月16日、大阪府
北朝鮮政府を提訴後、記者会見する福田健治弁護士(右奥)ら=東京・霞が関の司法記者クラブ
脱北者ら4人が北朝鮮政府に損害賠償を求めた訴訟の差し戻し審判決で勝訴し、写真に納まる原告ら=1月26日午後、東京地裁

 「被告北朝鮮の代表者は原告らに8800万円支払え」。今年1月、北朝鮮トップの金正恩朝鮮労働党総書記に高額な賠償金の支払いを命じる衝撃的な判決が東京地裁で言い渡された。裁判を起こしたのは、戦後に進められた帰還事業で「地上の楽園」ともてはやされた北朝鮮に渡り、「この世の地獄」を見た脱北者たち。その中には、家族のために海を渡った日本人もいた。「もし北朝鮮に行っていなかったら、どんな人生だったかな」。今年85歳になる斎藤博子さんは、その壮絶な半生を振り返った。(共同通信=助川尭史)

▽行きたくなかった「地上の楽園」

 1941年、福井県で日本人の父、母の間に生まれた。17歳で眼鏡職人の在日朝鮮人の夫と結...

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