ちょうど半世紀前の国会で交わされた討論だ。1976年5月の外務委員会で民社党の永末英一議員は、産油国との貿易赤字を兵器の輸出で解消できないかと問題提起した。欧米諸国に倣うべきだと持論を展開する
▼これに対し、後に首相となる宮沢喜一外相は、輸出を規制する武器輸出三原則は日本の哲学だとして、さらに続けた。「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいないといいますか、もう少し高い理想を持った国として今後も続けていくべきなのであろう」
▼終戦から30年あまりだった。哲学、理想という言葉に、敗戦から出直しを図った国の矜持(きょうじ)がにじむ。今となってはノスタルジーでしかないのか。高市政権は殺傷能力のある武器の輸出も原則容認する方向で、来月にも指針を改定する
▼同盟国と連携を取りやすくするという。防衛産業の基盤強化で経済成長につなげる狙いもある。宮沢発言について高市首相は「時代が変わった」と国会答弁した。経済合理性や損か得かの判断の前に、もう哲学の出る幕はないかのようだ
▼武器輸出三原則は2014年に「積極的平和主義」を掲げた安倍政権がまず見直した。武器や武器技術の輸出を可能とする条件を緩和し、印象操作するように防衛装備移転三原則と表現も改めた
▼当時「開いた風穴は小さいが、確実に広がっていく」と語る官僚がいた。得てして大きな転換は、周到に段階を踏みながら進行していく。懸念を抱かせる案件が、近頃やたらと多くはないか。
