明治末期に「白樺」を創刊し、口語体の文体で小説や詩を書いた武者小路実篤が亡くなったのは1976年。没後50年展が東京都調布市の実篤記念館で開催中だ。新潟市から出かけようと思ったのは副題が「若松英輔コレクションを中心に」だったからだ

▼糸魚川市出身の批評家若松さん(57)が実篤の本を読み始めたのは高校時代。実篤が好きな母親の影響だった。40代近くになり、書や絵を部屋に置きたくなったという

▼郊外の閑静な住宅街にある記念館には、若松さん所蔵の書画7点などが展示されている。横長の紙には、向かって右から順に美、愛、眞(しん)の3文字が書かれていた。若松さんはギャラリートークで「大事にしていることを書けば、人生の道しるべになる。道しるべは自分で生むことができる」と解説した

▼赤、黄、緑、三つの野菜を並べて描いた絵には「仲よき事は美しき哉(かな)」という言葉が添えられていた。「彼は色と線において巧みな人だったが、もっとも深いのはそこに生まれた余白であり、沈黙なのである」。若松さんはパンフレットにそんな一文を寄せた

▼テレビをつければ、美とも愛とも眞とも無縁の事件・事故が映らない日はない。パソコンを開けば、一人でも多くの関心を集めようと演出された映像や音声が次々にあふれ出す。余白や沈黙は無駄だといわんばかりである

▼時には、しばし実篤の世界に浸るのもいい。若松さんに書画の値段は聞かなかったけれども、文庫本ならば千円以下で買うことができた。