変わった収集家がいるものだ。英国BBC放送のサイトで、40年かけて2万本の牛乳瓶を集めた男性の話題を見つけた。庭に陳列用の小屋まで建てている。きっと本人にはたまらない楽しみなのだろう
▼余計なお世話を承知で心配もする。いずれ収集物はどうするのかと。自分には宝物でも、他人にとってそうとは限らない。あの世に持って行くわけにもいかない。コレクター全般に言えることだ
▼無粋なことを言うのは、モノを捨てるのに苦悩する人が身近にいるから。親を亡くし、住む当てなき家屋を相続した人らだ。貸すにも売るにも家財は整理せねばならない。昔ながらの家の収蔵品は膨大だ。思い出と重なる品々の処分は精神的にもこたえる
▼都市部と違い、農村部の古屋は利活用も容易ではない。迷った末に家じまいも視野に入る。念頭にあるのは先々のこと。よそに生活拠点を築いている子どもの代に、そのまま引き継ぐわけにはいかないと気をもむ
▼かつてはひとかどの家屋敷を構え、資産として子に譲り渡すのが親の理想像だったと言える。今や家屋も宅地も農地も、ありがたいものとは言い切れない。人口減少が進み、全国の空き家は900万戸を超える。不動産は時として「負動産」となり得る
▼固定資産税はかかり続ける。ならばと家を取り壊せば、住宅用地特例が外れ宅地の税額は上がる。形あるモノを所有するとはどういうことかを問い直す。必要最小限のモノだけで暮らすミニマリストが、賢明に思えてしまう。
