愛犬が他界して1年が過ぎた。天寿を全うしたともいえる老犬ではあったが、家族同様の存在の不在は今も悲しい。遺影に花や好物を供え、手を合わせている
▼遊んでは「食っちゃ寝」の姿に「いいご身分ね」と嫌みを言うこともあった。犬は自分の行動を振り返り「有意義に過ごせなかった」と反省したりしない。だが、そうした姿が教えてくれることも多かった。遺影を見ると、30年以上前に読んだ本を思い出す。2022年に亡くなった社会学者の見田宗介さんが真木悠介名義で書いた「気流の鳴る音」だ
▼メキシコの呪術師の思想を軸に「どう豊かな今を生きるか」を考察した本だ。現代人は、将来の結果のために今を犠牲にしたり、生きることに意味を求めたりすることで、かえって人生を空虚にしていると指摘する
▼死を意識した人が「今」のかけがえのなさに気づく事例などを挙げながら、日々の行動そのものを充実させることを説く。死を意識しながら日常を過ごすことは簡単なことではない。毎日ささいなストレスや不安に振り回されている身には、なかなか難しい
▼本紙窓欄に、先天性の病気を持ちながら元気に暮らす犬から勇気をもらうという投稿が載った。思うように動けなくなっても運命を受け止め、精いっぱい生きたであろううちの愛犬を思い出した。「食っちゃ寝」犬も最期は立派だった
▼犬がどれだけ自分の死を理解しているのか分からない。ただ与えられた今を全力で生きた姿を思い起こす。勇気をもらう。
