先ごろ亡くなった新潟大学名誉教授、秋田周(まこと)さんの研究室を初めて訪ねたのは1995年の年明けだった。当時、大学から車で30分ほどの旧巻町では、原発建設の是非を問う住民投票を巡り、町民の意見が激しく対立していた

▼投票実施を求めるグループは「原発は、民主主義の原点に戻り、住民の意向を聞いてから決めるべきだ」と主張した。原発推進を掲げて当選した町長は「住民投票は議会制民主主義への挑戦だ」と反論し、議論はかみ合わなかった。地方自治の専門家の見方を聞きたかった

▼本の山の奥から現れた秋田さんの論理は明快だった。「地方自治は可能ならば直接民主主義が望ましいが、次善の策として間接民主主義を採っている」。すぐに記事を書いた。振り返ると、この発言は住民投票を支持する声が高まる契機の一つだったように思う

▼住民投票はその後も「国策になじまない」「難しい問題に正確な判断を下せるか」との批判にさらされた。「国策が地方の利益を無視していいとは限らない」「重大な問題は住民に判断できないという愚民思想こそ危険な発想だ」。秋田さんが静かにしかし、はっきり話していた姿が忘れられない

▼巻町の条例に基づく住民投票は96年8月に行われ反対票が過半数を占めた。東北電力は2003年12月、原発建設を断念した

▼柏崎刈羽原発は、再稼働の是非を問う県民投票条例案が県議会で否決され、営業運転に入ろうとしている。秋田さんはどんな思いで見詰めていたことだろう。