原子力規制委員会の発足式に臨む更田豊志さん(左から2人目)=2012年9月、東京都港区
 原子力規制委員会の発足式に臨む更田豊志さん(左から2人目)=2012年9月、東京都港区
 更田豊志さんが関わった原発の新規制基準

 東日本大震災が起きた2011年3月11日、茨城県東海村の日本原子力研究開発機構にいた更田豊志さんは、大津波警報が出たため職員の所在確認などに追われた。その後は原子力委員会などの要請を受け、メルトダウン(炉心溶融)した東京電力福島第1原発1~3号機の状況を解析したり、注水のため原子炉建屋上空を飛ぶ自衛隊のヘリコプターの飛行高度を割り出したりするといった支援を行った。

 12年、原子力規制委員会が発足する2カ月前に携帯電話が鳴る。森本英香内閣審議官(当時)から委員就任の打診があった。「自分が勤めてきた分野が事故で危機的な状況にある。国から言われ、召集令状みたいに受け取った」と承諾した。

 原発事故により...

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