
「まこHOUSE」の「ご飯会」で、仮装姿の参加者たちとポーズを決める山本昌子(右端)。近況報告をしながら食事を楽しみ、ゲームで盛り上がることも=2025年10月、東京都杉並区
死にたくて死にたくて、でも死ぬわけにはいかなかった。私の何がいけなかったのか―。答えのない問いが山本昌子(32)の胸に渦巻いた。
「暗闇を独りで歩き続けるような人生は耐えられない。でも、懸命に育ててくれた先生たちの恩をあだで返すようなことはできなかった」
2012年からの数年。児童養護施設を退所後の修羅を思う。
(敬称略、筆者・山下憲一、写真・今里彰利=共同通信/年齢や肩書は新聞向けに配信した2026年1月9日時点のものです)
▽出ない答え
東京都板橋区で生まれて4カ月で乳児院に保護され、2歳から施設で育った。産後間もない母が家を去り、父もネグレクト(育児放棄)。「今も時々会う父の言い分は聞いたけれど...
残り1855文字(全文:2154文字)
















