遠藤美幸(左)と中国雲南省の戦場で亡くなった少尉のおいの荒川洋。2025年11月、2人は遠藤が代表世話人を務める第56師団(龍兵団)東京地区戦友会の慰霊祭である永代神楽祭に参列した。茶話会で、元将兵が多数参加していた頃の戦友会などについて語り合った後、帰路に就いた=東京都千代田区
 遠藤美幸(左)と中国雲南省の戦場で亡くなった少尉のおいの荒川洋。2025年11月、2人は遠藤が代表世話人を務める第56師団(龍兵団)東京地区戦友会の慰霊祭である永代神楽祭に参列した。茶話会で、元将兵が多数参加していた頃の戦友会などについて語り合った後、帰路に就いた=東京都千代田区
 親交のある元兵士から届いた2025年の年賀状などを遠藤美幸が見せてくれた。不戦こそが慰霊だと訴えている=2025年10月、東京都新宿区
 慶應義塾戦没者追悼会に参列し、元学徒兵の故神代忠男(左)と写真に納まる遠藤美幸。遠藤は拉孟戦の関連以外でも、多くの元兵士と交流してきた。神代は「兵隊の数だけ戦争体験、戦争観がある」と語っていた=2018年11月、東京都港区
 国立競技場の敷地にある「出陣学徒壮行の地」で、2025年10月に開かれた追悼式に参列した遠藤美幸。太平洋戦争中の1943年、大学生や高等専門学校生の徴兵猶予が停止され、明治神宮外苑競技場で出陣学徒壮行会があった=東京都新宿区

 2001年の夏、東京に住む遠藤美幸(62)の元に段ボール箱が届いた。

 送り主は小林憲一。日本航空の客室乗務員として働いていた1985年、小林はニューヨーク便の向かいの席に座っていた。日航のOBだったため話が弾み、家に遊びに行くように。妻とも親しくなり、16歳で母親を亡くした遠藤を娘のようにかわいがってくれた。

 中国雲南省の拉孟で1944年、約1300人の日本軍が中国軍に包囲され、約3カ月で「玉砕」した。飛行兵だった小林は、山中の陣地に上空から物資を何度も投下した。届いた箱には戦地での日誌などが入っており、拉孟戦を後世に伝えてほしいと手紙に書かれていた。

 驚いた。15年来の付き合いなのに戦争の話を聞...

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