2025年11月7日の衆院予算委で答弁する高市首相。「台湾有事は存立危機事態になり得る」とした
2025年11月7日の衆院予算委で答弁する高市首相。「台湾有事は存立危機事態になり得る」とした
井上正也教授
1972年9月29日、日中共同声明に調印し、中国の周恩来首相(右)と文書を交換する田中角栄首相=北京の人民大会堂(共同)
1945年7月26日、ドイツのポツダムで会談した(左から)チャーチル、トルーマン、スターリンの英米ソ首脳が日本に無条件降伏を迫るポツダム宣言を決め、中国の同意を得て米英中3カ国名で発表した。ソ連は対日参戦後に参加。広島、長崎への原爆投下を経て8月14日の御前会議で政府は正式に受諾した。
衆院予算委で、答弁する首相時代の大平正芳氏=1979年2月
田中首相主催返礼夕食会で談笑する周恩来首相と田中角栄首相(右)=1972年9月28日、北京の人民大会堂
サンフランシスコ平和条約に署名する吉田茂首席全権=1951年9月8日、米・サンフランシスコのオペラハウス(共同)
1998年11月、非公式夕食会で乾杯する小渕恵三首相(左)と中国の江沢民主席=東京・元赤坂。両首脳は会談後、共同宣言を発表した。
1949年10月1日、北京の天安門楼上で中華人民共和国の建国を宣言する毛沢東主席(ANS=共同)
2025年11月7日、衆院予算委で立憲民主党(当時)の岡田克也氏の質問に答弁する高市首相。「台湾有事」を巡り、安全保障関連法の規定で集団的自衛権の行使が可能となる「存立危機事態」に当たるかどうか問われ、状況次第で該当するとの見解を示した。
中国軍の東部戦区が30日、台湾周辺での軍事演習の一場面として「微信(ウィーチャット)」の公式アカウントに投稿した画像(共同)

 高市早苗首相の台湾有事を巡る国会答弁に中国はなぜ強く反発するのでしょうか。背景には、1972年に国交正常化するに当たって調印した日中共同声明で、「一つの中国」を玉虫色の内容でまとめた歴史的経緯があります。

 「もともと解釈が違う。それで手を握ったのです」。経緯に詳しい慶応大の井上正也教授はこう指摘します。そして、中国が答弁を巡る日本批判で新たな“歴史戦”を始めたと分析します。

 井上教授の解説を交え、中国の思惑をひもとくと、「平和国家」としての戦後日本の立ち位置を揺さぶろうとするナラティブが見えてきました。(共同通信・日中関係取材班)

 ▽中国は「認めた」主張、日本は曖昧に

 そもそも日中共同声明とは、どの...

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