
2025年に行われた国勢調査の速報値が先月、総務省から発表された。25年10月1日時点の新潟県の人口は206万8476人で前回20年調査から13万2796人減少し、減少率は6・0%に達した。減少数、率ともに過去最大だった。人口減少は歯止めが掛からないどころか、加速している。
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以下の地図は、5年ごとに積み重ねられてきた国勢調査のデータを基に、最新の速報値までをつないで制作した。直接地図を触り、操作できるようにしている。深刻な人口減少の実態、色の意味を市町村ごとに確かめてほしい。
市町村別 人口増減マップ
人口:総務省 国勢調査(確報値/2025年は速報値) 地図:国土交通省 国土数値情報(行政区域データ)を加工
まず、人口のピークだった1995年からの30年を見てみたい。当時、新潟県の人口は国勢調査として最多の248万8364人を数えた。そこを起点に地図の色をたどると、ほぼ全域がじわじわと赤から茶色へと沈んでいく。2025年までの30年で42万人、率にして16・9%も人がいなくなった。
この間、1997年に転出が転入を上回る「社会減」となり、2年後の99年にはさらに死亡数が出生数を上回る「自然減」に転じた。
山間地や周辺部の小さな自治体ほど減少は急で、阿賀町は半減(-50・4%)、関川村、出雲崎町、佐渡市も4割前後を失っている。離島の佐渡市は30年で7万5千人が4万5千人になった。
県都・新潟市は市町村合併、政令指定都市移行などを追い風に人口を伸ばし、05年に81万人台でピークに達した。だが、それも全国の人口が頭打ちになる2010年前後を境に反転。横ばいを過ぎ、今やはっきりと減少局面へと突入したことが分かる。
1970年から半世紀余りの現在、そして将来は…
次に人口比較の起点を今から半世紀以上前、1970年の国勢調査まで引き戻す。高度経済成長の末期、田中角栄元首相の「列島改造論」が県土を駆けめぐった時代だ。78年、県内初の高速道路である北陸道・長岡-新潟間が開通。82年に上越新幹線、85年には関越道も全線開通した。しかし、地図からは意外な姿が浮かび上がる。










