上越市の名物料理「するてん」。香ばしく、歯ごたえがある=上越市西城町2の「天ぷら若杉」
上越市の名物料理「するてん」。香ばしく、歯ごたえがある=上越市西城町2の「天ぷら若杉」

 新潟のうまい酒と肴(さかな)を求めてふら~り、ふらり。酒席で人生の多くを学んだ新潟日報社の森沢真理・特別論説編集委員が、酒や肴、酒にまつわる出会いをつづるコラムです。にゃんこの「おかみ」もご一緒に!

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 スルメイカを干した「塩するめ」の天ぷら「するてん」。戦国武将、上杉謙信ゆかりの地、新潟県上越市の名物だ。元々は上越・高田地区の家庭料理だが、地元料理店やスーパーの売り場でも見掛けるようになった。高田城址(じょうし)公園の観桜会でも販売され、観光客の人気を集める。昔から知っている近所の子が、アイドルとしてデビューしたような気分だ。

 初めて食べたのは、30年以上前の選挙取材。上越を地盤とする候補者の街宣に同行した際、支持者のお宅でお昼をごちそうになった。

花見シーズンを前にした上越市の高田城址(じょうし)公園。するてんを片手に桜を見るのも乙(おつ)なもの

 天ぷらにした塩するめは塩味が効いて柔らかい。焼いてマヨネーズを添える食べ方しか知らなかったので、新鮮だった。作ってくれた人は「冷蔵庫に常備してある塩するめで、サッと作れる。天つゆも要らないから楽」と話していた。

 この料理がいつから食べられていたのかは、定かではない。高田地区は冬、雪に閉ざされる。保存食の塩するめをおいしく食べるため、工夫して生まれたのだろう。

 これを「城下町高田の名物に育てよう」という取り組みが始まったのは、1990年代末のこと。仕掛け人の一人が当時、高田商店街連合会副会長で、オフィス機器などを扱う大谷ビジネス会長の大谷光夫さん(76)=上越市本町7=だ。

 長野市出身。妻の実家がある上越に移り住み、家庭料理として出たするてんのうまさに驚いた。「こんなにうまいものがあるんだから、名物として売り出せばいいと思ったんですね」

 上越と長野は交流が深い。古くは「塩の道」と呼ばれる交易路で、上越や糸魚川から、長野に塩や海産物などが運ばれた。大谷さんが子どものころは、イカをゆでて塩に漬けた「塩丸イカ」が上越・直江津(なおえつ)で貨車に積まれ、信越線で長野にやって来たという。

「するてん」の商標登録証を手にする大谷ビジネス会長の大谷光夫さん(画像の登録証部分は一部加工してあります)

 「海産物へのあこがれが強い県で育ったから、魅力に気付いたのかも」と笑う。「長野名産のおやきやそばだって、元々は家庭料理ですから」

 2001年には大谷さんが中心となり、するてんを商標登録。地元の店が無料で名前を使えるようにした。商標権は現在、上越観光コンベンション協会が持っている。

 上越市が開設した公式観光情報サイト「上越観光Navi」によると、市内では料理店や旅館など、5店でするてんを出している。値段は500円前後と手頃で、ご当地の塩を使ったり、衣も青のりを混ぜたりと店ごとに特徴がある。

 するてん発祥の店といわれるのが、上越市西城町の「天ぷら若杉」。代表の佐藤巌(いわお)さん(65)は大谷さんと協力して味を磨き上げ、90年代末から店で出している。

 「首都圏の食のイベントにも、呼んでもらえるようになった。外国人客向けに英語のメニューも作りました。全国区の味に育てていければと思います」

「天ぷら若杉」の入り口

◆「発祥の店」天ぷら若杉 カリっ、ジュワ~と広がるうまみ

 天ぷら若杉は、青田川沿いにある。のれんをくぐると、油の良い香りが鼻をくすぐる。カウンターに座り、ランチの天ぷら定食に、するてん(700円)を追加してみた。

 佐藤さんがキビキビと働き、揚げたてを皿に入れてくれる。衣はカリッと香ばしく、塩するめは歯ごたえがある。凝縮されたイカのうまみが、口中に広がっていく。

 「20時間、天日で干したものを使っているんですよ」。佐藤さんがほほ笑む。油はやや高めの温度で、短時間で揚げる。天ぷらとすしは、専門店でいただくのがいいと言われるが、その通りだ。

天ぷら若杉代表の佐藤巌さんが揚げたての「するてん」を出してくれた

 若杉は、するてんに合うオリジナルの限定酒を販売している。上越市の頚城酒造に依頼して造ってもらっている吟醸酒「若杉」(2合瓶で1100円)。冷やがいいそうだ。

 飲みたいけれど、まだ取材がある。上越土産に購入して、夜に自宅で味わってみた。すっきりして、揚げものに合う感じだ。

◆長野県民熱愛のソウルフードを"逆輸入"
「塩丸イカ」を酢のものといかめしに

 「塩丸イカ」は現在も長野県民のソウルフードとして、親しまれている。大谷さんは「夏はこれで酢のものを作るのが定番だった」と話していた。長野のイカ料理、食べてみたい。

 通販で買える店を探したところ、水城漬物工房(長野県松本市)を見つけた。福井県の水産加工業者が「塩丸いか」の名称で作った製品を販売している(850円。通販はこれに冷蔵用の送料がかかる)。イカはニュージーランド産だ。

「信州の味」と銘打った「塩丸いか」。福井県で作られている

 通販担当の赤沢裕子さん(48)は言う。「注文してくださる方からは懐かしい、という声を聞きます。長野県が中心ですが、たまに海の近くからも注文が来ますね」

 冷蔵技術が発達し、内陸部でも新鮮なイカが手に入る時代になった。それでも昔、食べた味が忘れられない人たちがいるのだろう。

 付いてきたレシピを読むと、ポイントは塩抜き。抜きが甘いと塩辛く、過ぎると塩味が消える。薄い塩水に漬け、1時間半ほど置いてあんばいを見る。キュウリの塩もみとミョウガを加え、酢のものにした。

 もう一品は簡単な「いかめし」に。刻んだ梅肉と大葉、切りゴマを混ぜたご飯をイカに詰める。細かく切ったチーズを混ぜてもいいかも。山国長野に思いをはせながら、いただいた。

長野県民のソウルフード、塩丸イカで作った梅干し入りのいかめし(左)とキュウリ、ミョウガのあえもの

◆[訪問・お買い物info]

◎天ぷら若杉 上越市西城町2の3の33 営業時間は昼午前11時〜午後1時半、夜午後5時〜9時、定休日曜 電話025(525)5627

◎上越観光Navi http://joetsukankonavi.jp 上越観光コンベンション協会 電話025(543)2777

◎高田城址公園 上越市本城町44の1 観桜会は3月29日〜4月12日の予定

◎水城漬物工房 おやきなど長野名産を扱う。松本市大手4の12の16 東町本店 電話0263(33)2310 問い合わせは0120(32)4681

春眠、疲れを覚えず…所々でご飯を食べる

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 「還暦記者の新潟ほろ酔いコラム」(略称・新潟かんほろ)は原則第2、第4金曜にアップ。次回は「一期一会の花見酒 信濃川のほとりで」

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