新潟のうまい酒と肴(さかな)を求めてふら~り、ふらり。酒席で人生の多くを学んだ新潟日報社の森沢真理・特別論説編集委員が、酒や肴、酒にまつわる出会いをつづるコラムです。にゃんこの「おかみ」もご一緒に!

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 港町新潟市らしい料理の一つが、日本海で捕れたナンバンエビ(甘エビ)のすり身を使った「海老(えび)しんじょう(しんじょ)」だ。吸い物やおでんの具材にもなるが、中央区にある繁華街、古町(ふるまち)かいわいの料理店では、素揚げして供することが多い。古町エリアに近いかまぼこ製造・販売の「竹徳かまぼこ」が、地元の揚げしんじょうを研究して2006年に「甘海老しんじょう」として売り出した商品は、地産地消ブームに乗りヒット。北前船が京都から新潟に運んできた食文化として、知られるようになった。港町が育んだ逸品を求め、雪のちらつく中、古町芸妓(げいぎ)のつまびく三味線の音が聞こえる街を歩いた。

 しんじょうは魚肉や山芋などを混ぜ、蒸して作る。ナンバンエビは新潟の呼び方で、唐辛子のナンバンに色や形が似ていることから。小ぶりだが、刺し身にするととろけるように甘い。

 中央区にある竹徳かまぼこ本社工場では、今年初の甘海老しんじょう作りが行われていた。手作業で丸く成形して蒸したものを、油で揚げていく。178度で2分30秒。揚げたてが、機械からコロンと落ちる。

人気商品、甘海老しんじょうの製造風景。揚げられたしんじょうが、機械から押し出される=新潟市中央区の竹徳かまぼこ本社工場

 「そのまま食べるのはもちろんうまいけれど、おでんは絶品です。(西洋料理に使うキノコ)トリュフのオイルを掛けるのもいい」

 代表取締役の竹中広樹さん(50)が語る。関東での飲食店経営を退いて帰郷したのが2000年。先代の父が病に侵されたためだった。商品は普通の板かまぼこや細工ものくらい。食卓の洋風化が進む中、経営は先細りの状態だった。

 小規模な食品会社が生き残るには、付加価値のある商品を開発するしかない。竹中さんは竹徳で以前、揚げしんじょうを作っていたことを知る。試作したところ、「ふわりとした食感で、すごくおいしい」ことに衝撃を受けた。

 「この味を広めたい。どうせなら地元の食材で作りたいと、新鮮な甘エビを使うことにしました」

竹徳かまぼこの代表取締役、竹中広樹さん。後ろの壁には大漁旗が見える=新潟市中央区の同社

 鮮魚店や漁師の協力を得て、形が小さく、ふぞろいなものを確保した。料亭や割烹(かっぽう)を訪ね、揚げしんじょうを食べ歩いた。おかみや芸妓からも話を聞き、花街(かがい)で伝えられてきた味を研究した。

 甘海老のほか、半熟煮卵が入った「煮玉子」「かに」など多彩なしんじょうを次々と発売。メディアにも取り上げられた。店頭で揚げての販売をスタート。新潟駅の駅ビルや新潟市西区の新潟ふるさと村など、商業施設にも積極的に進出した。東京の日本橋三越本店に、常設店を持つまでになった。

 「港町新潟の歴史や文化の奥深さを知った気がします。魚のすり身は、海外でも人気がある。アメリカやフランスの人にも食べてもらいたいですね」

江戸末期の弘化3(1846)年創業の料亭、鍋茶屋。木造三階建ての風情ある建物だ。多くの文人墨客(ぼっかく)に愛されてきた=新潟市中央区

◆料亭、割烹でおなじみの揚げしんじょう 実は和洋折衷?

 海老の揚げしんじょうとは、そもそもどんな料理なのか。新潟を代表する料亭の一つ、鍋茶屋(なべぢゃや、新潟市中央区)で「伝説の料理人」と呼ばれた菅原愛次郎さん(1912〜87年)が、興味深い証言を残している(西村喜邦「愛次郎包丁談義」)。

 同書によると「わたしが見習ェのころはねかった(無かった)料理」で、「本を正せば、洋食からきたんでねェでしょうか」。愛次郎さんが新潟市の割烹で見習い修業をしていたのは、戦前のこと。しんじょうを揚げるのは、和洋折衷の比較的新しい食べ方らしい。

 特徴は「卵の素」を使うこと。黄身にサラダ油、塩を入れて混ぜた「酢の入らんマヨネーズ」。卵の素を加えると、揚げ物でも蒸し物でも口当たりがよくなり、冷めてもおいしい。

 「鍋茶屋にはナンバンエビ百パーセントで作り、パン粉を付けて揚げる海老しんじょうがある。名物料理の一つです。菅原さんが洋食の手法を取り入れ、工夫して作り上げていったのでは」

 そう話すのは板長の本間勝さん(47)だ。パン粉揚げは、そばつゆを入れた割りソースでいただく。エビのすり身に魚のすり身を加える揚げしんじょうもある。もち粉やパリパリした食感の「新引き粉」を付けて揚げる時には、村上市の景勝地・笹川流れの藻塩を添える。

鍋茶屋の廊下に立つ板長の本間勝さん。村上市(旧山北町)出身だ=新潟市中央区

 愛次郎さんは1950年から84年まで、鍋茶屋に勤めた。お客と向き合いながら、揚げしんじょうの味を磨いていったのだろう。

 中央区で「揚(あげ)しんの店」を看板に掲げるのは、スタンド割烹「茶はん」だ。割烹、金辰(かねたつ)の姉妹店で、70年に開店した。

 7、8センチもある大きなタネを片栗粉で揚げ、特製の和風ソースか塩で食べる揚しんは、初代の笹川梅吉さん(故人)が考案した。当時、こうしたメニューはあまりなく、大人気となった。

茶はん名物の「揚しん」。みじん切りにした玉ねぎがいいアクセントだ=新潟市中央区

 「エビだけでは硬くなるので、魚のすり身も入れます。最初は、イカやカニでも作ってみたとか。昔は1皿2個盛りで皆さんぺろりと食べていたけど、いまは1個ね」

 笑顔のすてきなおかみの笹川貞子(ていこ)さん(80)が説明してくれた。次は夜に来て、熱々をビールと一緒にいただきます。

「茶はん」のおかみ、笹川貞子さん=新潟市中央区

◆[ほろ酔いレシピ]一から手作りに挑戦…せず、吸い物とオイル掛けに
ワイン、日本酒と好相性

 自宅で揚げしんじょうに挑戦しようかと考えたが、下ごしらえに手が掛かりそう。潔く諦め、竹徳かまぼこの甘海老しんじょうで肴を作ることにした。

 冷蔵庫には、正月用にゆでた大根とズワイガニの脚の残りがある。湯を沸かして市販のだしを入れ、切った大根、ネギ、カニ、しんじょうを煮る。白だしで味を調え、ミツバを散らせば「海老しんじょうとズワイのお吸い物」。

 おお、カキのオリーブ油漬けも残っている。器に入れて温め、軽く焼いたしんじょうと合わせた。「カキのオイル掛け」ができた。いい香りだ。

海老しんじょうとズワイガニのお吸い物(左)と、海老しんじょうのカキオイル掛け。自宅でしんじょうを作る場合は、はんぺんをつぶして使うと簡単

 ワインが欲しくなり、昨年、取材用に買った上越市・岩の原葡萄(ぶどう)園の「深雪花(みゆきばな) 白」を取り出した。

 竹徳の竹中広樹さんは、海老しんじょうに合わせる酒として「純米 緑川」(魚沼市の緑川酒造)と「麒麟山(きりんざん) 伝統辛口」(阿賀町の麒麟山酒造)を挙げていた。そちらもおいしそうだ。

 新潟県のかまぼこの生産量は、全国でもトップクラスを誇る。日本海に面する新潟では、日持ちのしないスケトウダラをかまぼこに加工してきた。

 ただ、本間伸夫『食は新潟にあり』によると、「かまぼこの食文化は西日本のもの」。製品の多くは新潟県外に出荷され、県内の消費は多くはない。魚のすり身をおいしく食べる技術の集積があるのに、もったいない気がする。

永久無罪、確定ニャンか!?

◆[訪問とお買い物info]

◎竹徳かまぼこ本社工場直営店 新潟市中央区東堀前通11の1775 午前11時〜午後5時 定休は日曜・祭日、市場休みの日 電話025(222)0223 甘海老しんじょう389円ほか

◎鍋茶屋 新潟市中央区東堀通8の1420 昼の入店は午前11時半~午後1時、夜の入店は午後5時~7時 日曜休み 電話025(222)6131。昼のお弁当は20人以上、8000円から。海老しんじょうを入れたければ相談を

◎茶はん 新潟市中央区西堀前通9の1535 午前11時半〜午後1時(昼)、午後5時〜10時(夜) 日曜・祝日休み 電話025(228)5552 昼の揚しん定食1250円、単品650円(テークアウト550円)

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 「還暦記者の新潟ほろ酔いコラム」(略称・新潟かんほろ)は原則第2、第4金曜にアップ。次回は「燕市感傷紀行」の予定です。

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