新潟のうまい酒と肴(さかな)を求めてふら~り、ふらり。酒席で人生の多くを学んだ新潟日報社の森沢真理・特別論説編集委員が、酒や肴、酒にまつわる出会いをつづるコラムです。にゃんこの「おかみ」もご一緒に!
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新年度の初め、新潟市中央区の信濃川べりにある「やすらぎ堤(てい)」で、久しぶりに花見酒を楽しもうと思っていた。ところが暖気のせいで3月に桜が開花し、満開を過ぎてしまった。お誘いする予定だった新潟県妙高市出身の歌人、恩田英明さん(75)=埼玉県在住=に相談したら「葉桜もいいですね。やりましょう」という返事が。確かに、花も人も出会いは一期一会。週末の4月8日、葉桜の会を決行した。
恩田さんは元文部科学省の職員。エッセーの名手で、新潟日報に連載してもらったこともある。二十年来のお付き合いだ。
午後1時、天気は雨。恩田さんと本町通6の商店街にある「青海ショッピングセンター」(新潟市中央区)に向かう。鮮魚店や中国料理店などがあり、日本海の幸を肴に昼酒が飲める。アジの刺し身やイイダコの煮物などを注文し、生ビールを一杯。花見酒ならぬ「花見前酒」だ。

「花見前酒」をしに、新潟市中央区の青海ショッピングセンターへ
午後3時、晴れてきたので近くのやすらぎ堤へ。花見客は誰もいない。黒くぬれた地面には、無数の花弁が敷き詰められていた。寒いが、桜の枝に芽吹く緑はみずみずしい。季節の移ろいを、肌で実感する。
柏崎市に足を伸ばした際に購入した地酒「銀の翼 純米吟醸」(柏崎市の原酒造)を紙コップにつぎ、震えながら乾杯した。肴は、恩田さん持参の濃厚なガーリック入りチーズだ。
「はあ…。のどに染みますね」「チーズも日本酒に、すごく合います」
ここで恩田さんと花見をするのは2回目。前回は2008年4月だから、15年も前になる。新潟在住の歌人も参加して歌会を開き、地酒を酌み交わした。その時の様子は恩田さんの第4歌集「葭莩(かふ)歌集」(不識書院)に、「桜花樹下歌会」のタイトルで収録されている。
〈われらいま美酒(うまざけ)酌みて川べりの花の霞の真んまん中にゐる〉〈千曲川の流れに落ちし花びらもあらむとおもふ信濃川桜色〉。いま読むと、夢のような光景だ。このころは、東日本大震災や新型コロナウイルスの世界的流行という未来に遭遇するとは、想像もしなかった。

恩田英明さんの「葭莩(かふ)歌集」。「葭莩」は、アシの茎の内側にある薄く白い膜のこと。2008年4月の「桜花樹下歌会」を描いた短歌を収録
ゆったりと流れる信濃川を前に、ポツポツと話をする。恩田さんが生まれ育ったのは、長野県に近い山の中の集落。「5人きょうだいの長男です」
春になると、母は奥山でネマガリダケ(ヒメタケ)を採り、水煮の瓶詰めを作った。ソメイヨシノが咲くのは例年5月に入ってから。恩田さんが通う小学校では、つぼみの付いた枝を石炭ストーブの近くに置き、温めた。そうして咲かせた花を入学式に飾ったという。
「生家は昨年、整理して『家仕舞い』しました。父母は亡くなり、誰も住まなくなっていたので」

妙高市出身の歌人、恩田英明さんと乾杯=新潟市中央区のやすらぎ堤
時が過ぎれば、家族や友人との別れはやって来る。誰しも、同じ場所に留まり続けることはできない。けれど、心の奥に刻まれた思い出は、何かの時に浮かび上がって、人生を照らしてくれる。きょう見た信濃川と葉桜の情景、美酒の味は、未来の私への贈り物にしよう。
◎恩田英明(おんだ・ひであき) 1948年、新潟県妙高市生まれ。日大卒。文科省、物質・材料研究機構、海洋研究開発機構などに勤務、定年を迎える。短歌結社「コスモス」「うた」を経て、個人雑誌「アルファ」編集発行人。第1〜3歌集は「白銀乞食(しろがねかたい)」「神馬藻(じんばそ)」「壁中花弁(へきちゅうかべん)」(いずれも不識書院)。「コスモス」では魚沼市出身の歌人宮柊二(みや・しゅうじ)に師事。「うた」を創刊した歌人、玉城徹(たまき・とおる)には大きな影響を受けた。日本ペンクラブ、現代歌人協会などの会員。
◆「銀の翼」の純米吟醸、アテのチーズは大正解
今回、飲んだのは柏崎市の地元限定販売ブランド酒「銀の翼」の純米吟醸。四合瓶(720ミリリットル、1870円)のラベルには、深いブルーの空と月を背景に、飛んでゆく鳥が描かれている。「銀の翼」の名前は、柏崎ゆかりとされる童謡「浜千鳥」の一節から取った。
「青い月夜の…」で始まるこの歌を作詞したのは、童謡詩人として知られる鹿島鳴秋(かしま・めいしゅう 1891〜1954)だ。1919(大正8)年、柏崎の知人を訪ねた鹿島が海岸を散歩し、書き上げたものという(別の説もある)。

「銀の翼」をやすらぎ堤で桜の下に置いてみた
地域の文化が薫る地酒を目指し、銘酒「越の誉」で知られる原酒造が造った。「銀の翼」は地元の特約店でのみ、販売している。
原酒造の営業部長、田辺浩之さん(58)によれば「童謡にあるように、優しさ、懐かしさを感じさせるお酒です」。酒米には、原酒造オリジナル米の越神楽(こしかぐら)を使ってある。「純米吟醸は、脂のある肴も合いますよ」。こくのあるチーズを合わせたのは、正しかったようだ。
◆[ほろ酔いレシピ]「桜蒸し」で花見気分、口の中に広がる春
この季節に出回る「桜の花の塩漬け」。お湯を注げば桜湯になるし、炊き込みご飯の材料にもなる。満開の桜を見られなかった代わりに、これで肴を作ることにした。
魚介類などと一緒に蒸す「桜蒸し」はどうだろう。鮮魚店に行き、タイの切り身を見たところ、予想以上に高い…。即座に方針転換し、安売りのブリとアサリを買った。野菜売り場では菜の花を購入した。
まずは下ごしらえ。桜の塩漬けは、水に漬けて塩を抜く。アサリも砂を吐かせる。ブリは臭みがあるので、塩を振ってしばらく置き、熱湯をかける。菜の花はゆで、一口大に切る。
フライパンに酒と水少々を入れ、ブリとアサリを置く。刻みコンブと桜の花の塩漬けをその上に置き、ふたをして蒸す。

魚介類と菜の花の桜蒸し
湯気が出てアサリが口を開き、ブリに火が通ったら菜の花を入れて絡める。味を見て、塩分が足りなければ、塩か白だしを。
できた一品は桜の香りがふくよかで、口中で花見をした気分になった。
◆[訪問・お買い物info]
◎青海ショッピングセンター 新潟県新潟市中央区本町通6丁目1114の1
◎原酒造 新潟県柏崎市新橋5の12 電話0257(23)6221
※青海ショッピングセンターは「おとなプラス・セレクト」でも紹介しています。記事はこちら
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「還暦記者の新潟ほろ酔いコラム」(略称・新潟かんほろ)は原則第2、第4金曜にアップ。次回は「女性たちで造った酒」です。掲載は5月5日の予定です。
◎noteでも連載 投稿サイトnoteでも、同名タイトルのスピンオフ連載を掲載中。16回目は「河井継之助の桜飯と越後長岡藩 司馬遼太郎さん『峠』を読む」
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