「宵越しの銭は持たない」は江戸っ子かたぎを伝える表現として今も残る。小市民としてはきっぷの良さに憧れるが、上越市出身で郵便制度の礎を築いた前島密はこれに手を焼いたという

▼前島は明治期の鉄道建設や電話事業に関わっただけでなく、郵便貯金も創設した。英国を訪れた際に貯金制度を学び、庶民の暮らしを安定させる上に経済発展にも役立つと考えた

▼帰国後に矢継ぎ早に準備を進め、1875(明治8)年に東京と横浜でスタートした。そこに立ちはだかったのが江戸っ子かたぎだ。庶民は貯金の大切さを知らない。自ら宣伝文を作った。自腹を切って貯金を体験してもらうキャンペーンも手がけた。しかし、2カ月が過ぎても利用は千人に満たなかった

▼転機になったのは77年の西南戦争後に広がった経済の混乱だ。庶民はインフレとデフレに苦しみ、暮らしを守ろうとしたのだろう。郵便貯金は急速に浸透した

▼それから間もなく150年。ゆうちょ銀行の貯金残高は2020年度末で190兆円に迫る。家計の金融資産は総額2千兆円を超した。日本が世界に誇る国民資産の礎も前島が築いたと言えるだろう

▼一方で、江戸の庶民は宵越しの銭を持たなかったのではなく、持てなかったという見方もある。その日暮らしで精いっぱいだった。現代も賃金はそれほど上がらず、貯蓄もままならないが、過去に積み上げた国民資産を信用に、国債という借金ばかりが増える。泉下の前島ならどんな手だてを講じるだろうか。

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