日曜日の朝に放映されているNHK短歌、そのテキスト10月号に會津八一の一首が載っている。「すゐえん の あま つ をとめ が ころもで の ひま にも すめる あき の そら かな」

▼すゐえんは「水煙」と書く。塔の最上部にあるアンテナのような装飾の一部だ。奈良市の薬師寺東塔の水煙には、雲の中で笛を吹いたり、花をまいたりする天女が透かし彫りされている

▼「東塔の水煙で、音楽をかなで飛翔する天女たちのなびかせている衣の袖の間に美しく澄んでいるこの秋の空よ」。歌人、原田清さんによると、おおよそこのような意味だという。東塔の高さは約34メートル、天上には真っ青な空が広がっている。何て伸びやかな視線だろう

▼水煙は、火災や落雷を避けるため、「水」という字が用いられたといわれる。その効果か、薬師寺の建物の多くは火災や戦火に遭ったが、東塔は730年に創建された当時の姿を残している

▼古都にそびえ立つ塔の歴史に比べれば、人の一生ははるかに短い。しかし、人の詠んだ歌は後世へと読み継がれていく。原田さんは繰り返し音読するよう勧めている。「ゆっくり味わい尽くしていただきたい(中略)早読みされるべき作品ではありません」

▼今年も残すところ、2カ月ほどとなった。限られた時間を有効に使わなければとの思いが次第に強くなっていくことだろう。せめて、ひらがなの三十一文字を口ずさむひとときを持ちたい。言葉と言葉の間に置かれた空白を意識しながら。