ステージ4のすい臓がんで、手術はもうできない。余命は数カ月。自分なら絶望し、生きる気力すらなくすだろう。

 この人は違った。つらい抗がん剤治療に耐え、生き抜く希望を捨てなかった。天職だった新聞記者の仕事と、高校時代に熱中したバンド活動に全身全霊をささげた。

 本紙「52歳記者のがん日記」で、闘病記を連載した橋本佳周(よしちか)記者が1月20日に亡くなった。55歳の誕生日からわずか半月後。早すぎる死を、まだ受け入れられない。

 論説編集委員室の先輩でもあり、縦横に健筆を振るった。がん日記には連載開始時から共感の輪が広がり、先日の追悼パネル展には多くの読者が訪れた。

 「書いてなんぼだろう、この仕事は」...

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