「これは○○に行きますか」。電車やバスの利用時、その人はいつも職員や周囲の人に涼しい顔を装って、そう聞いていたという。

 70代まで文字を読めず、それを悟られまいと必死だったからだ。戦中戦後の日本は貧しく、家の手伝いなどで中学校に通えなかった人もいた。そんな中の一人だ。

 「でも、今は人に聞かなくても電車でもバスでも乗れます。読み書きができるようになったから」と言った時、目が輝いていた。「字が読めるようになったら、世界が違って見えた」そうだ。

 この話を聞いたのは東京支社に勤務していた時だ。あれから10年近い。その人が学んだのは、県外にある公立の夜間中学校だ。

 本県にはまだない。国は全都道府県・政...

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