夜のコンビニで、その日の朝刊が売れずにラックに残っていたとしても、翌朝には新しい日付の新聞に置き換えられる。
日本では当たり前のことだが、1991年12月にソ連が崩壊した翌年と翌々年に訪ねた時のロシアの首都モスクワの光景は違った。
言論の自由化が進み、発行される新聞数が一気に増えたころだった。街角の売店では、ソ連共産党機関紙プラウダでも政府機関紙イズベスチヤでもない、数多くの新聞を見掛けた。
驚いたのは、店頭に並ぶ新聞は同一紙でも日付がまちまち。人々は生鮮食料品を選ぶかのように、新しい日付から購入していた。
現地の知り合いに、数日前の新聞しかなかったと言うと、「まだ新しいうちよ。午後になると...
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