木澤泰二さんの遺品を前に語る木澤洋子さん=見附市本町1
木澤泰二さんの遺品を前に語る木澤洋子さん=見附市本町1

 1945年8月15日の終戦から78年となった。戦争を経験した人が少なくなる中、新潟日報社は当時の日記や手紙を募集した。寄せられた記録には、必死に生きた市民の生活や、若い兵士が戦地から家族を思う言葉がつづられていた。太平洋戦争を手記や証言からたどる。

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 見附町(現新潟県見附市)出身の木澤泰二(やすじ)さんは1941年4月初め、入営に関する手紙を受け取った。仙台市の陸軍第2師団東部第27部隊に所属することになり、家族に向け、近況を知らせる手紙をたびたび書いている。

 「小生も元気だ。営兵内の桜は散りかけています。風も見附より非常に強く寒い」(41年4月28日)

 「小生の写真も此の間撮りま...

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