〈春愁に効く薬などなかりけり〉深井嘉久。ウイルス禍の前に本紙に投稿された句だ。春先は草花が生気を増し、人々も卒業や門出で一歩を踏み出す時季。なのに、自分だけが置いてきぼりをくったようなわびしさを感じることがある

▼医者の薬などでは治せない。そんな心象を「春愁」と呼ぶのだろう。今年も春の愁いは長い。昨春に比べ、心痛はいっそう重いかもしれない。感染「第6波」の深刻さゆえだ。県内の感染者は2万人を超え、県民の100人に1人が感染しても収束が見通せない

▼そんな愁いの中、本紙窓欄に先日載った新潟市の高校3年生の一文に胸を打たれた。感染予防で彼女は修学旅行に行けず、文化祭や体育祭も延期や中止になった。青春時代を台なしにされ、この春就職する

▼それでも彼女は、社会人として「くじけそうになった時は、高校生活で楽しかったことを思い出して」頑張ろうと書いた。周囲からどんなに不運と思われようと、友だちと過ごした時間はかけがえのないものだったに違いない

▼2年前、感染拡大のはざまに開店した飲食店が近所にある。夫婦で切り盛りし、昼はランチ、夜はアルコールも提供していた。お昼時に訪ねたら、ママさんは少し涙目だった。「夜の営業はもう無理かも」

▼店の壁に「マスク会食」を勧める行政のポスターが貼ってあった。「最初は違和感 そのうち習慣」。個人的には、ポスターの文句のような習慣は身につきそうにない。今年の春愁は、やっぱり深くて重い。

朗読日報抄とは?