英国作家アラン・シリトーの短編「長距離走者の孤独」は、感化院を舞台とする。窃盗で入所した17歳のスミスは、院内で長距離クロスカントリーの選手に抜てきされる。走るのが得意だったスミスは、屋外を走る自由さを好み、練習に励む
▼院の代表として大会に出場し、トップを独走するが、ゴール目前で足を止める。〈院長のお気に召すような勝者になりおおせるつもりはない〉。選手の活躍で虚栄心を満たし、自らの評価も高めようともくろむ感化院の院長への抵抗だった
▼スポーツは本来、自分やチームのために力を尽くすもの。院長になどとらわれず、スミスは自分のために走ることもできたはずだが、権威を嫌う反骨心がそれを拒んだ
▼アスリートは自由な存在として純粋に競技と向き合いたくても、常にかなうとは限らない。取り巻くものとは無縁でいられないと、閉幕したパラリンピックでかみしめた選手もいただろう
▼ウクライナやイランの戦火がやまぬ中で大会は行われた。ロシア選手の参加に対する抗議行動が随所であった。やむにやまれぬ意思表示ではなかったか。戦争は多くの犠牲者と重度の障害を負う人々も生み出す現実を、パラリンピアンがどう捉えていたかを思う
▼しばしばスポーツに政治を持ち込むなと戒めが語られる。国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長は閉幕を迎え「スポーツに集中せず、大会を政治化しようとする動きには失望した」と語ったが、選手は競い合うだけのロボットではない。
