あの日、何度も何度も電話をかけたが、つながらなかった。福島県南相馬市で暮らす娘の安否が心配だった。「津波でみんないなくなった。家もなくなった」。2日後の朝、娘の夫の父親から電話があった

▼東日本大震災からあすで15年になる。上越市の渡辺稔さんと喜久枝さんの長女で、当時32歳だった千鶴さんの行方は今も分かっていない。娘の近くにいたいと、2人は15年間、月命日に南相馬市を訪れている

▼上越の自宅の仏壇には、ウエディングドレス姿の千鶴さんの写真が飾られている。がれきの中から見つかった娘の携帯電話に、奇跡的にデータが残っていた。「ちーちゃん、ただいま」。喜久枝さんは毎日、笑顔の娘に語りかける

▼警察庁の調べでは、大震災により今も2519人が行方不明のままだ。昨秋、その2519人の家族に、希望の光が差した。宮城県南三陸町で2023年に見つかった骨の一部が、約100キロ離れた岩手県山田町で津波に遭った6歳女児のものと判明したというニュースだ

▼もしかしたら-。渡辺さん夫妻も警察からの連絡を待つ。「死ぬ前に会いたいの。私たちも年だから」。つながることのなかった娘の携帯電話を見つめ、喜久枝さんはつぶやく

▼80歳に手が届く年齢になった夫妻は、年金生活のため南相馬へは一般道で片道7時間以上をかけて通う。稔さんの愛車のメーターは25万キロを超え、昨年手放した。今年は喜久枝さんの軽自動車で向かう。再会できる日を信じて、2人は通い続ける。

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