光が差した。重い扉が開いた。行政訴訟における勝訴判決は、しばしばそんな表現で語られる。新潟水俣病を巡る昨日の新潟地裁判決も、体の不調と偏見に苦しんだ原告が待ち望んだ朗報となった。しかし、こうした裁判をいつまで続けねばならないのか
▼第1次の新潟水俣病行政認定訴訟は、9年前に高裁判決が確定した。患者認定を棄却されてきた原告9人全員を水俣病と認めた。その枠組みに沿う今回の2次訴訟ですら、判決まで7年を要した
▼最高裁が患者認定の幅を事実上広げた判決も、これまで一度ならずあった。それでも、判決はあくまで各原告に対する個別判断だとされ、今も異なる司法闘争が続いている
▼国は司法判断と行政判断は別物であり、国の認定基準は否定されていないと強弁してきた。水俣病の長く複雑な歴史は今更ご破算にできないという立場かもしれないが、関わった歴代の役人も政治家も、禍根を残す対応を続けてきたと認識していないはずがない
▼水俣病行政は何をどこで間違ったのか、虚心坦懐(たんかい)に総括し対処しない限り、落としまえはつかない。威信の保持にとらわれ、決着を諦めて逃げ切りを図るかのような国にどんな未来があるというのか
▼高度経済成長のひずみに暮らしを乱された人が切り捨てられることなく、残りの人生をどう前向きに生きていけるか。知恵も労力も生産的な議論に使いたい。患者が求めるのは必ずしも高額な金銭的補償ではないだろう。心からの納得と国の誠意ではないか。
