旅先の山梨で、土産物店から30センチほどのモモの枝をもらった。1月末のこと。「そのうち花が咲きますよ」と言われ、茶色い棒にしか見えない枝を、食卓の一輪挿しに生けていた

▼日がたつにつれ、灰色のつぼみはポロリポロリと枯れ落ちた。20日ばかりして、「だめだったな」と捨てようとしたとき、最下部のつぼみがほんのりピンクになっているのに気がついた

▼寒気が去り窓から温かい日差しが降り注ぐようになった頃だった。「春を待っていたんだね」と、心がふわりと浮き立った。モモは2輪だけ花をつけ、つぼみが落ちた部分からは緑の新芽が出始めている

▼春は生命力を最も強く感じる季節だ。10年ほど前、豪雪地として知られる南魚沼に勤務していた。四季折々に山や田園が美しいその地で、最もはっとしたのが、春の情景だった。ぽかんと晴れた早春は、真っ白な八海山を夕日がサーモンピンクに染めた。残雪が少なくなると山や民家の庭先の花々が一斉に咲き誇り、色彩を爆発させた

▼人間にとっては春は変化の季節でもある。卒業や職場の異動などでなじみの場所や人々と別れた後、新学年や新体制の中に飛び込んでいくことになる。もちろん未来への期待に胸躍らせる側面も大きいだろう。一方で、やってくる変化を想像しただけでゆううつになる人も多いのではないか

▼春のストレスに押しつぶされそうになったら、春を待つ植物に思いをはせてみよう。懸命に花を咲かせる路肩の草に、きっと力をもらえるはずだ。