東京大が初めて女子に門戸を開いたのは終戦翌年の1946年だった。全入学者898人のうち女子は19人。その中に、相川町(現佐渡市)出身の久保田きぬ子がいた。後に憲法学者となり、国連の日本政府代表を務めたことでも知られる

▼既に日本女子大を卒業しており、この時33歳。入学式に和装で出掛けると、安田講堂の守衛に言われた。「父兄は2階へ」。本人は「ショックだった」と語っている。年齢のことを差し引いても、いかに最高学府で学ぶ女性が珍しいもののように見られていたかがうかがえる

▼それから70年たっても差別的な扱いはなくならなかった。2018年、東京医科大などで女子や浪人生らを不利に扱う不正入試や不適切な得点操作が発覚し、社会をがくぜんとさせた

▼文部科学省が先ごろまとめた調査で21年度の医学部合格率は女子が男子をわずかに上回った。データのある13年度以降、初めて女子が逆転した。文科省は「女子への差別的な扱いがなくなったことが大きく影響したのでは」とみる

▼差別的な措置が解消されるという当たり前のことが、ようやく実現したのか。もっとも、これは第一歩にすぎないのだろう。妊娠や育児で現場を離れることもある女性医師への風当たりは、依然強いとも聞く

▼医師としての技量に性差が入り込む余地はない。久保田が言われた「父兄」は、男性だけを指す言葉として今では表立って使われなくなった。わざわざ女性であることを強調する「女医」も同様だろうか。

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