首相は決意を語るだけでなく行動に移す必要がある。拉致被害者の早期救出に向けて交渉に入り、膠着(こうちゃく)している北朝鮮との関係に風穴を開ける責務がある。

 北朝鮮による拉致被害者の家族会と支援団体「救う会」が、新たな運動方針を取りまとめた。

 新方針は、政府認定拉致被害者の親世代が存命中に全被害者の一括帰国が実現した場合、日本政府が北朝鮮に課している貨客船「万景峰号」の入港禁止を含む独自制裁の解除に反対しないとした。

 停滞している日朝交渉を促す狙いがある。新潟市で拉致された横田めぐみさんの弟で家族会代表の拓也さんは「母にめぐみと抱き合ってもらいたい。苦渋の判断だ」と説明した。思いは理解できる。

 家族会は、岸田文雄首相に直接新方針を伝えた。めぐみさんの母早紀江さんは「岸田首相の間に必ず動かしてほしい」と訴えた。

 首相は「しっかりと受け止め、何としても自分自身の手で拉致問題を解決する」と決意を述べた。

 認定被害者の親世代は、88歳の早紀江さんと有本恵子さんの父で95歳の明弘さんだけとなった。首相は時間に限りがあることを重く受け止めるべきだ。

 首相は昨年、首脳会談実現へ「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と踏み込み、北朝鮮からは前向きとも映る反応があった。1月には金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記から能登半島地震に対する首相への見舞い電報が届いた。

 そうした中で先月、金総書記の妹で党の宣伝部門に精通する金与正(キムヨジョン)党副部長が、拉致問題は解決済みとした上で、その見方に日本側も同調すれば「岸田文雄首相が平壌を訪れる日が来ることもあり得る」との談話を発表した。

 談話は与正氏の「個人的見解」という。対北朝鮮で連携する日米韓にくさびを打ち込む思惑があるといった見方もある。

 日本としては、慎重に北朝鮮の意図を分析しながら、あらゆる局面を捉え、対話の機会を逃すべきではないだろう。

 北朝鮮による拉致問題の再調査を盛り込んだ2014年のストックホルム合意の際、日本政府は北朝鮮側から神戸市で失踪した拉致被害者と特定失踪者の計2人の生存情報を伝えられた。

 当時の安倍晋三首相が「問題の幕引きに利用される」と警戒し、生存情報の受け入れを拒否したとされる。その後、動きは頓挫し、めぐみさんら被害者に関する新情報はほとんど引き出せていない。

 北朝鮮はウクライナに侵攻するロシアに弾道ミサイルなどを供与しているとされる。人道支援が名目でも日本が独自制裁解除に踏み切るには国際社会の理解が不可欠となる。各国に日本の立場を丁寧に説明する努力が求められよう。

 首相は、粘り強く現状を打破する道を探らねばならない。