「役者」という言葉は「俳優」を指すほか「世情にたけて駆け引きの巧みな人」の意味もある。ウクライナのゼレンスキー大統領は役者という言葉を体現する人物だろう

▼自転車で通勤する平凡な教師があれよあれよという間に大統領となり、汚職や新興財閥の実業家と闘う。こんな筋立てのテレビドラマで主人公を演じた。ドラマそのままに現実の大統領選に出馬し、国のトップの座をもぎ取った

▼就任後は目立った実績を残せず支持率も低迷した。だがロシアの侵攻を受けると、会員制交流サイト(SNS)を通じて国民を鼓舞するメッセージを連発し、国内の団結を高めた

▼2019年の大統領選のさなか波紋を呼んだ広告があった。決選投票の相手だったポロシェンコ大統領(当時)とロシアのプーチン大統領が相対し、にらみ合うような構図だった

▼広告を出したポロシェンコ陣営はロシアに対抗できる政治家が必要という趣旨と説明したが、ゼレンスキー氏がプーチン氏の代理人とも解釈できるような内容だった。しかし今、現実にプーチン氏とにらみ合うのはゼレンスキー氏だ

▼ゼレンスキー氏が日本の国会でもオンライン形式で演説した。芝居がかったような、大仰な表現は感じられなかった。むしろ抑制的な口調が聞く側の共感を呼んだのではないか。「演じる」とは、ただ誰かの表層に似せることだけを意味するわけではない。超大国の非道に屈せず、タフでしたたかな指導者になり切ろうとする役者の姿を見た気がした。

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