停留場でバスを待つ。あと1、2分で到着するのに時計を確かめずにいられない。「なんとせせこましい人間か」。車窓から外を眺め、落ち込むことがある

▼では「時」と上手につき合えるのはどんな方かと考える。7年前に亡くなった、医師の日野原重明さんの笑顔が浮かぶ。105年の人生、あの人の時間の濃度はどれほどだろう。「生活習慣病」という言葉を広め国内の民間病院で初めて人間ドックを導入した。句を詠み、ピアノを奏でた

▼1970年の「よど号」ハイジャック事件で乗客として死を覚悟した。95年の地下鉄サリン事件では自らの病院に640人の急患を受け入れた。国内初の独立型ホスピスも設立、人の尊厳が大切にされる終末期にこだわり続けた

▼終わりといえば、科学者たちが発表する「終末時計」が有名だ。戦争や環境破壊などによる人類滅亡の時を午前0時に見立てる。今年1月の残り時間は「90秒」。47年の時計創設から最短最悪だった昨年と変わらない

▼冷戦終結後の91年に最長の17分に延びたが、どんどん時間は縮まり、いまや秒単位である。ロシアのウクライナ侵攻もイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘も、停戦の兆しはなかなか見えない

▼あす10日は「時の記念日」。戦火に苦しむ地には、癒やしの時が必要だ。よく「心の痛手は時が解決する」という。けれど日野原さんは、そのためには「よい支え手」が欠かせないと随筆で説いた。世界の終末バスが来る前にやるべきことはたくさんある。

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