「藤井一強」だったタイトルの一角が崩れた。無敵と言われた王者には、好敵手の出現だ。21歳の若い2人が、これからも切磋琢磨(せっさたくま)し、日本の伝統文化である将棋を盛り上げてもらいたい。

 将棋の全八冠を持つ藤井聡太叡(えい)王(おう)は、甲府市での第9期叡王戦5番勝負の第5局で、挑戦者の伊藤匠七段に敗れ、2勝3敗で叡王のタイトルを失った。

 タイトル戦では初の敗北で、藤井七冠=竜王・名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖=となった。最年少17歳11カ月での初タイトル獲得から約4年間続いた「不敗神話」が途切れた。

 全冠独占期間は8カ月余りだった。全タイトルを維持せねばならない重圧があったのだろうか。八冠陥落は残念だが、再び全冠獲得を目指し研さんを積んでほしい。

 そのためには、保持する7タイトルの防衛戦を続けながら、来年の叡王戦に出場し勝利せねばならない。厳しい戦いになるものの、信じているファンは多いはずだ。

 3度目のタイトル挑戦で初の栄冠を手にした伊藤叡王は、藤井七冠とは同学年だ。小学生の時の対戦では、敗れた藤井少年が大泣きして、「藤井を泣かせた男」として知られる。

 2020年に17歳で棋士になってからは、16年にプロ入りしていた藤井七冠の背中を追い続けてきた。タイトル戦では23年の竜王戦と今年の棋王戦で1局も勝つことができなかった。

 それだけに、伊藤叡王の著しい進化は見逃せない。これまで中盤にリードを許すケースが多かったが、叡王戦では中盤が見違えるほど良くなった。圧倒的な終盤力を誇る藤井七冠の猛烈な追い込みに対し的確に指し続けた。

 伊藤叡王は対局後、「運が良かったかなと思う」と謙虚に話した。ひたすら将棋の研究に没頭した努力が実ったことをたたえたい。

 藤井七冠と伊藤叡王は今後も、盤上でしのぎを削る名勝負を繰り広げていくことだろう。

 将棋界は藤井七冠の人気で活況を呈す一方で、あまりにも強くて将棋熱が冷めるのではないかという不安の声も一部にはあった。ライバルの出現は、そうした声を打ち消すに違いない。

 藤井七冠や伊藤叡王より若い世代にも力のある棋士がいる。2人を脅かす存在の出現も楽しみだ。若手に負けず、ベテラン勢の奮起にも期待したい。