別れの悲しくない程度がいい。作家で脚本家の向田邦子さんが人付き合いの要諦を書いている。相手や土地への思いが強ければ強いほど別離のつらさが増す

▼向田さんがほどほどの関係を勧めるのは子どものころの環境が影響している。父の転勤で全国を転々とした。東京は世田谷に生まれ、宇都宮、東京、鹿児島、高松と移る。引っ越しを重ね20軒の家に住んだ

▼誰が言ったか転勤族の間では「二度泣き」という言葉がある。見知らぬ土地に赴く不安と寂しさで悲嘆に暮れる。人の情けや街の魅力に触れるうちに住めば都となり、帰還の辞令が出るころには惜別の涙が頰を伝う

▼別れの涙を流すのは当人ばかりではない。とりわけ転校を余儀なくされる子どもは切ない。せっかく築いた友達との関係が大人の事情で突然、ご破算になる。向田さんの諦めにも似た言葉は、悲しさから自らの心を守る子どもなりの知恵から生まれたものだったのか

▼転勤の知らせが届き始めた。在任中におきましては、大変お世話になり…。会うは別れの始めという。勤め人の定めと分かってはいても、いざその時が来ると心がうずく。同時に、当人の家族の心境を思う

▼暦は3月に別れを告げ、もうすぐ4月に変わる。さよならの痛みよ去れ。新たな出会いよ来たれ。心機一転、そんな思いで新年度のスタートを切りたい。後ろ髪を引かれる思いで、住み慣れた街を後にする。希代の名文家に異を唱えるようだが、二度泣きができるような巡り会いも悪くない。

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