矢口高雄さんの名作漫画「釣りキチ三平」の主人公、三平君には兄がいた。水に近づくだけで怖がるような子だったが、ため池に落ちて亡くなってしまう

▼悲しみに暮れた祖父はため池を埋めようとまで思い詰めるが、むしろ池に落ちても大丈夫なように、水と親しみ怖がらない子にしようと育てたのが大人顔負けの少年釣り師である三平君だった。以前も小欄で少し触れたことのあるストーリーを思い出したのはカヌーイストで作家の野田知佑さんの訃報に触れたからだ

▼世の人々、とりわけ子どもが川から遠ざかるのを深く憂いていた。危険だからと川に近づくのを禁じては水に落ちても泳げずに命を落とすばかりになってしまう。川で遊び川を知る子どもを育てようと訴え続けた

▼折り畳み式のカヌーを相棒に世界中の川を下った。河原にテントを張り、地元の人々と言葉を交わした。旅をしながら、人々の営みや社会の姿を鋭い観察眼で切り取った。本県の信濃川を下った際は農家でも野菜を買う人が多いのに気付いた

▼コメだけを作り余った時間は外で働く。その方が経済的には潤う。「しかし、一つの便利さは新しい不便さを生み出す。例えば大雪が降って、交通が杜絶(とぜつ)し、物売りの車がこなくなると、その日の食べ物にも困り、死活問題になる」(「日本の川を旅する」)

▼生きる道は自身で切り開く。己の頭で考える。そうしたことの大切さを教えてくれた。孤高の旅人は天に上っても、その手でパドルをこいでいるのだろう。

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